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寺島優樹さん(ジャズピアノ/ジョアン・ブラッキーン教授と英語・ニューヨーク) |
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音楽留学体験者でなくては分からないような、音楽大学、音楽専門学校、音楽教室のコースプログラム、現地の生活情報などを伺ってみます。将来の自分の参考として活用してください。
 寺島優樹さん 寺島優樹さんプロフィール
ジャズピアニスト。尚美学園大学ジャズ&ポップスコース卒。ジャズピアノを守屋淳子、ジョアン・ブラッキーンに師事。2008年第27回浅草JAZZコンテストソロ部門グランプリ受賞。
― 今回は、ニューヨークに1ヶ月、バークリー音楽院ジョアン・ブラッキーン教授にジャズピアノを習い、Zoni Language School(語学学校)で英語を学んだ、寺島さんにお話をお伺いします。簡単な今までの経歴を教えていただけますか?
寺島 母と兄がピアノと歌をやっていて、そのままつられて遊びながらピアノ学んでいきました。それが、多分1歳か2歳位だと思います。その後、6歳から14歳までエレクトーンを習いました。16歳くらいからロックバンドでキーボードを担当していました。17才の時からジャズピアノを始めました。
― 何故ジャズピアノを始めたのですか?
寺島 尚美学園大学の説明会で、たまたまジャズ科教授の霧生トシ子先生の演奏を聞いて「これだ!」と思いました。最初は学校にジャズの学部がある事は全然知りませんでした。ポップスなどシンセサイザーを使った学科がある事は知っていたのでそちらのコースに行こうと思って説明会に行きました。そしたら、「こっちの方がいいよ」と突然言われ、レッスンが始まり、先生が目の前でジャズを弾いてくれました。そこで一気に目覚めちゃって(笑)。それで、来月からレッスンに来なさいと言われました。
― 大学に入る前ですよね?
寺島 はい。自分はクラッシックをやっていなかったので早めに受験の準備をやろうと思いました。最初はクラッシックはやっていないから音大には、入れないと思っていたのですが、ジャズ科もあるし家からも近いし予備校に行かずにすむぞと思いました(笑)。尚美に入学して、2004年に卒業しました。今はピアノ演奏の仕事を中心に活動しています。
― 何か留学したきっかけはありますか?
寺島 とにかく刺激が欲しかったのです。自分の演奏は営業的な仕事が多いので、だんだんとマンネリ化してしまっていました。このままだと、これ以上はうまくならないと感じていたので、もう一回学生生活を体験して見つめ直すのもいいかなと思いました。
― ステップアップをするためですか?
寺島 今回の1ヶ月の留学で、その後どうするか見つけるためですね。
― 留学準備どの程度かかりましたか?
寺島 3ヶ月です。
― 学費は?
寺島 全部自分で稼ぎました。
― 留学前に、英語はどのくらい勉強しましたか?
寺島 正直あんまりやらなかった(笑)。中学英語だけは元々自信があったんですが、高校からサボっていたので…。でも中学レベルがあれば何とか行けると思いますよ。
― 今回は音楽のレッスン以外に、語学学校にも行っています。語学学校に行っていかがでしたか?
寺島 その人の目的によってだとは思うのですが、僕にとってはすごく良かったです。一つはすぐ友達が出来た事です。それに、自分は英語の意味は分かるのですが全くと言っていいほど話す事は苦手でした。語学学校に行けば話す度胸もつきます。朝から勉強詰めなので大変ですが、留学する時間を無駄にしなくて良かったと思います。
― 語学学校はどんな雰囲気でしたか?
寺島 フレンドリーでしたね。全部で16-17人のクラスでした。クラスメートは、韓国人が多かったです。あとはトルコ人、イタリア人、ドイツ人、スペイン人もいました。年齢は、メキシコ人で17歳からいましたね。多分50才を超える方もいたと思います。結構、スパルタで日本語禁止・英語オンリーでした。生徒さんがドーナッツなどお菓子をみんなのために持ってくる時がありました。授業中なのに先生が食べたくてしょうがないみたいで、みんなで授業中に食べちゃうんですよね(笑)。日本にはない面白さでした。
― 学校の施設はいかがでしたか?
寺島 建物自体は6階建てで3階にオフィスと長期留学用のクラスがありました。6階が短期留学生の教室です。エレベーターが2つあるのですが、エレベーターの入り口が広いものがエレベーターの中が狭くて、入り口の狭いエレベーターがなぜか中が広いという不思議なエレベーターでした(笑)。でも、エレベーターがとにかく遅いんです。学校ではインターネットも使えましたので便利でしたね。学校スタッフも本当にフレンドリーでしたが、英語が分からなくてもどんどん話すので少しやばかったです(笑)。
― 日本人はクラスに何人位いましたか?
寺島 5人でした。20代前半の方、僕が真ん中で、上は31才の方が一人いました。職業も様々で、建築士、ネイルアーティスト、美容師、シンガー、ダンサーでした。いろいろな所で、日本人に会うたびに「何をやっているんですか?」と聞くと、音楽や美術系など芸術系の方が多いのが印象的でしたね。
― 語学学校の授業は、どのように進みますか?
寺島 クラスが始まって、宿題があれば答えあわせをします。宿題を忘れると先生に「Oh! My God」と言われます。あとは文法や会話、ディスカッションを教科書に沿って進めていきます。教科書に沿うと言っても、例えば一つの言葉を習う時に、いろいろな言い回しがあるので、生徒がもっと分かりやすい言い方はないかと質問したり、かなり奥深いところまで英語を勉強します。でも、とにかく英語オンリーですから、教科書が何ページという事も周りの人をちらちら見ながらやりました(笑)。
― 語学学校に行って良かった点はありますか?
寺島 全部良かったです。こんなにまじめに勉強した事はあったっけ?という位一生懸命やりました。クラスの人数も、多分、他の学校よりも多いと思うのですが、僕にとっては、多ければ多いほど友達も出来るし、国によって様々な発音も聞けたので逆に良かったです。
― 音楽のレッスンについてですが、どなたのレッスンを受講されたのですか?
寺島 ジョアン・ブラッキーン先生です。
― ジョアン先生を選んだ理由は何かありましたか?
寺島 音楽的な話になりますが、日本でやっていた仕事は、なんて言うんでしょうか、すごく狭いんですね。ちょっと組織化したところがあって、考え方が一辺倒なんだと思うのです。もちろんそれも仕事として大事なのはわかります。しかしそれ以上のことが出来ないことにとても焦りがありました。ジョアン先生や、それにニューヨーク全体ですね、とにかくなんでもありという、突き詰めるんだったら全部突き詰めるという姿勢を学びたかったんです。ジョアン先生のいいところは本当に何でもやっていいという感じでした。
― ジョアン先生のレッスンはどのように進んでいきましたか?
寺島 先生はとてもフレンドリーな方で、まずグリーンティーとティーのどちらが飲みたいと言われます(笑)。とても有名なミュージシャンですが、別に偉ぶることも全くないし、本当によい方です。やはり有名な方なのでレッスンに行くたびに音楽プロデューサーやジャズプレイヤーと打ち合わせをしていました。一番驚いたのは、ジャボン・ジャクソンが先生の所にいたときですね。思わず握手してしまいました(笑)。ジャズスタンダード(注:ニューヨークの名門ジャズクラブ)出演の打ち合わせだと思います。
― レッスン室は大きかったですか?
寺島 先生のご自宅でのレッスンだったのですが、廊下も全部絨毯でホテルみたいな感じでした。部屋に入ると、キッチンとリビングルームがあってピアノがそこに置いてあります。多分、6-7畳程度の広さだと思います。そんなにでかい感じじゃないです豪華な部屋でした。
― 先生がお茶を出してくれた後はどのようにレッスンが進みますか?
寺島 最初、「とりあえず何か弾いて」と言われます。日本でやって来たことをそのままやりました。そのあとジョアン先生のアドバイスとエクササイズをやります。その直後に、先生から「この曲知ってる?」という感じでグランドピアノと電子ピアノでどんどんセッションを先生としていきます。その曲に対していろいろ変化をつけていきます。例えば7拍子にしてみたり、思い切りキーを替えてみたりします。
― 毎回そういう形ですか。
寺島 そうですね。レッスンがどんどん生き物のように変化していくんですよ。相当の刺激がありましたね。
― 教え方などは、日本と違うのですか?
寺島 僕は日本で守屋純子先生に教えてもらっていました。ジョアン先生は、守屋先生の延長上みたいな方でした。教え方もよく似ていて、譜面から吸収するのではなく、音で吸収する事が大事という考え方です。もちろん譜面からのカンコピもやりましたけど。
― 教え方の違いは特に無いのですか?
寺島 基本は同じだと思います。英語と日本語という事で随分違いますけど(笑)。でも、これは実は結構大事で、僕が最近思ったのは「英語で音楽を直接理解する事と、日本語で理解する事は違う」ということです。ジャズは、日本語に訳しづらいというか、逆に日本語にすると意味がこんがらがるんです。だから英語で直接理解する事は本当に大変なのですが、今回のレッスンで、ジャズを理解するのは、英語でそのまま理解する事が一番良い方法だと気づきました。
― ジョアン先生に習って良かった事はありますか?
寺島 今までの僕のスタイルとは違うスタイルを勉強させてくれたと思います。最初に弾いてと言われて弾いたのが、年代で言うと40年代から50年代のスタイルです。それが僕の演奏の主流でした。先生は「その後の時代のことを、今回は吸収して行ってね」と最初に言われました。40-50年代以降のスタイルというのは、僕の大学では、出来なかった事です。僕の習っていた守屋先生は、実は、今回ジョアン先生が教えてくれたスタイルをやりたかったんだと思います。
― ジョアン先生とは、どのようにコミュニケーションをとりましたか?
寺島 先生には、もうゆっくり話してもらいます。分からなかったら、とことん聞くしかありません(笑)。先生も僕が、あまり英語を話せないと分かっているので何とか粘り強くやってくれたという感じですね(笑)。でも回数を重ねていくと、段々と先生の言っている事も分かるようになります。音楽以外のことももちろん話されます。例えば、外に温水プールがあって、今日は誰が泳いでいるとか、外で船が通ったとか言っていましたね。
― 日本でもジョアン先生に憧れている方は、結構いますよね。女性の方は特にそうだと思うのですが。
寺島 いっぱいいると思いますよ。僕の先生の守屋先生もそうです。だからいろんな方に羨ましいと思われる事もあると思います。「あの魔法のような音を出す先生でしょ」みたいに言われたりします。音もそうですが、見かけもハロウィンで魔女役が似合いそうな本当に魔法のような人でした(笑)。
― 日本とニューヨークで何か大きく違う点はありましたか?
寺島 街そのものです。買い物に行くにしても日本とは常識が違います。例えば、ホームレスが、スーパーで勝手にドアマンをやっています。誰も注意しないし、お金をあげたい人だけが勝手にホームレスの方にあげます。日本ではそんな事はまず考えられない。とても自由というか勝手ですよね。そういう違った文化や生活習慣に触れる事は、面白かったですね。
― ニューヨークに行って良かったと思う点はありますか?
寺島 一つは街そのものを経験した事です。音楽的には、ニューヨークに集まってくる人達は真剣な人達ばかりなので、その人達に刺激されるんです。特に学生は、日本人同士だと、だらける部分があります。でもニューヨークでは、学生も本気でやっていますから、刺激は非常にあります。ミュージシャンが、世界中から集まってくるので言葉が通じない事もあるのですが、言葉が通じなくても大体お互いに分かるんですよね。僕は、フランス人の21歳のピアニストとセッションで知り合いました。向こうも英語がそんなに話せはしなかったのですが、何とかお互いコミュニケーションをとって、お互いの演奏を聞いて刺激しあいました。同じことは日本ではなかなか難しいと思います。ニューヨークでも、もちろん簡単ではないのですが確実にそういうことが起こり得る場所だと思います。それに全く違う人種で、お互い英語を母国語としない人たちが刺激しあう事は本当に面白いと思います。
― 毎日のピアノの練習はどのようにされましたか?
寺島 スタジオと家です。
― 家で練習していて、周りの住人に何か言われたことはありますか?
寺島 ないですね。でも、たまたま僕が住んでいる所がミュージシャンばかりだったからだと思います。夜中の一時位までならなんとか練習できました。電子ピアノがあったので、電子ピアノの音をすごく小さくして演奏すれば24時間出来ました。ただ、知っている人から聞いたところ、練習環境は日本と変わらず、少し音を立てたら、すぐ文句をいいに来る事も多いようです。でも、近所の人に文句を言われてすぐに謝るのは駄目だそうです。こちらも言い返さないと相手の思ったようになるだけらしいので、いい返す事も頭に入れておいたほうがいいと思います。
 留学中にセッションに参加 ― セッションはどこに行かれたのですか?
寺島 スモークとクレオパトラーズニードルです。このジャズクラブでは、自由にセッションに参加できて、いろいろな方と友達になれたので本当に良かったです。このセッションで気付いた事でもあり、ジョアン先生にレッスンでも言われた事ですが、日本では「君、ちょっとうるさいよ」位が、ニューヨークでは、ちょうど良かったんですね。それは「音を綺麗なまま、そのままでかくする」ということなのですが、「音がでかい」というのは、「音が汚い」とうるさいんです。でも、音の質をすごく良くしつつ、綺麗な音を出せば音がどんなに大きくてもきれいに聞こえます。帰国後、日本でピアノの仕事をしていますが、このやり方は日本でも通用しそうな雰囲気です。
― 1ヶ月でずいぶん変わったということですか?
寺島 そうですね。ちょっとマンネリ化していたので、今回留学して自分のやりたかったことは何個か出来るようになりました。でも一ヶ月じゃ少し足りなかったです。本当は、一年位行きたかったですね。
― ピアノレッスンがある日のだいたいのスケジュールを教えていただけますか?
寺島 朝六時に起きて朝食を食べて、学校に行く前に家で30分くらい練習します。その後、30分くらいで語学学校に着いて8時半から12時半まで授業です。昼食は、友達といろいろなところに行きました。その後、6時位までスタジオに入って練習。7時からレッスンでした。
― 結構ハードですよね。
寺島 そうなんですよ。レッスンが終わって8時頃になって、その後セッションに行くか友達と飲みに行ったりしていました。結構、充実していましたね。もちろん毎日こういう生活ではなかったです。毎日が同じだと単調になってしまいますから。でも、ニューヨークの場合は単調にならない。何かしらトラブルがあるんです(笑)。
― どういうトラブルがありましたか?
寺島 電車が急に止まったり、郵便局に自分の荷物を取りに行ったら、今ないから後で連絡すると言われたりしました。「どこに行ったんだ!俺の荷物!」という感じでした(笑)。自分の命に関わるものでなければ、ニューヨークでは、トラブルは逆に楽しんだ方がいいと思います。そういうトラブルも最初は慣れるのに大変だったのですが(笑)。よく考えたら日本はサービスが良すぎるんですよね。
― 今回、旅行ではなく留学、つまり生活をして、旅行と留学の大きな違いはありましたか?
寺島 留学は、自分で行動を起こせるのでどこに行くにしても自由です。旅行だと大体決まっていて、その中でしか動けないと思います。僕の場合は、ほとんどセッションで過ごしていました。向こうで知りあった語学学校の友達がジャズ好きだからとか、音楽好きだからということでセッションに来てくれたりしました。面白い話しがあって、スモークで僕が演奏している最中、僕らの前にいたお客さんが、僕の友達に「君の友達良い演奏しているね」と言って、僕の友達二人にお酒をおごってくれました。
― 寺島さんにはおごってくれなかったのですか(笑)?
寺島 席に戻ったときに握手を求められたくらいでした(笑)。
― クラスメートやセッションでいろいろな人とお会いしたと思うのですが、外国人と付き合うこつはありましたか?
寺島 大抵、日本人の友達に外国人の友達がいるんです。その人に付いて行くと誰か紹介してもらえます。それに学校ではタバコをあげたり、タバコをもらったりしてタバコ友達が出来ます(笑)。火を貸してくれと言われたりして、だんだん会話を始めます。片言で良いんですよね。向こうも片言だし。僕の場合は、ビギナークラスで、ほとんど話せない人が来ているので片言の英語で何とかなるんですよね。なんでもいいから話しかけたり、挨拶したりすると何かしら返ってきます。
― 日本人のクラスメートであまりしゃべれないし、しゃべろうともしない人はいましたか?
寺島 それはいないですね。僕は一番話していない方でした。みんな間違ってもどんどん話していましたし、先生もそれは当たり前という感じで受け入れていました。積極性が出てくるのだと思います。
― 日本の場合、授業で「質問は?」というと誰も手を上げないですよね?学校でそういう事はなかったのですか?
寺島 質問がないのは、日本だけかもしれないです。語学学校の生徒さん達は、イタリア人、トルコ人、韓国人、みんな癖が強かったので質問も多かったです。そうすると日本人も質問せざるを得なくなります。それでみんな質問しだします。僕も、最後には、先生に「郵便局に行かなきゃいけないから早退させて」と、自然に話せていました。自分でもよくしゃべれたなという感じなんですが(笑)。ああいう環境にいると逆にしゃべりたくなる。しゃべらないと損じゃん、という事でしょうね。僕も、英語を話せないと演奏がいくら出来ても、他のミュージシャンや店の人と話せないので面白くないと気づいていましたから頑張りました。
― 音楽だけ出来ても仕方がないということですよね?
寺島 それも今回特に気がついたことですね。日本では薄々感じてはいたのですが、体験しないとはっきり分からないものですね。
― 実際どういうところで英語が必要だったのですか?
寺島 演奏ですよね。曲を始める前にどう事をやりたいかを話し合う時です。セッションの場合、リーダーはいないので曲名を言った人が方向性を決めていきます。大抵は、フロントの人、サックスとかボーカルです。それがいない場合はピアノです。その話し合いには、英語は必須ですよね。
― 留学して良かったと思う事はありましたか?
寺島 レッスン、セッションを含めた音楽と語学です。僕の場合は特に、語学の厳しさを学んだ気がします。英語も音楽と同じくらい刺激がありました。物を買うときもトイレを貸してくださいという時も英語ですからそのような意味で英語の刺激は、生活の刺激になっていると思います。でも、ニューヨークでピアノを弾いているときが自分の中では一番良かったと思います。
 ジャズセッションに参加 ― 今後、留学したい人にアドバイスがあればお願いしてよろしいですか?
寺島 まずは、外国に行くのでニューヨークに行った事がある人によく話を聞いて、その文化や生活習慣をきちんと聞いておいた方がいいかと思います。考え方や常識が全然日本と違うので、そのギャップに耐えられる方がいいと思います。それから体は必ず丈夫にして行った方がいいです。例えば、歯が悪かったら完全に直してから行かないと、本当に向こうの病院に通うのは面倒だと思います。音楽的なことでは、日本にいる間は、日本でやっていることをそのまましっかりやった方が僕はいいと思います。向こうでは、日本でやった事を絶対に拒否することはありません。ニューヨークでは、たっぷり向こうのやり方を勉強できます。でも、事前に準備できるものではなく、向こうに行かないと分からないんです。それに音楽に関しては自分で道を見つけていくしかないと思います。それから、日本人以外は自分の国の文化を話すのが好きです。ニューヨークで知りあいになった友達が、「日本人は、自分の国の歴史を知らないね」と言っていました。ニューヨークの方は、「何故日本の歴史を教えてくれないの?」と言ってくるそうです。だから少しは自分の国の歴史も知っておいた方がいいと思います。
― どうもありがとうございました。
寺島優樹さんライブ情報
5月1日 木 新宿J
「北床宗太郎(violin)&"Train Bleu"」西村俊哉(guitar)
寺島優樹(piano)楠井五月(bass)小山田和正(drums)
http://www.jazzspot-j.com/
5月3日 土 秋津縁 セッション
http://gourmet.yahoo.co.jp/0001235457/U0002031289/
5月6日 火 新所沢 ネイブ 19:00~23:00charge¥1500
セッション 寺島優樹 P 清水昭好(B) 服部正嗣(Ds)
http://www3.atwiki.jp/nave/
5月8日 木 新所沢 ネイブ 19:00~23:00charge¥1500
寺島優樹(P)越坂部智彦(B)林伸一郎(Dr)
http://www3.atwiki.jp/nave/
5月9日 金 表参道JAZZ BIRD
FIZZ BAND
松尾 はるみ Voほういち G寺島 優樹 P チェン チェウ B當田なおゆき Ds
C.C \1300 http://www2.ttcn.ne.jp/~jazzbird/
5月11日 日 五反田 ゆーぽーと
5月13日 火 立川ハーフトーン
Jam Session
pf/寺島優樹bs/土谷周平ds/吉峰孝治
http://www007.upp.so-net.ne.jp/halftone/
5月15日 木 本郷GOUT
小林恵子(Vo) 寺島優樹(pf) 勝田ロン(b) 鈴木麻緒(ds)
http://jazz-gout.hp.infoseek.co.jp/map.htm
5月16日 金 関内ラフ&スティング
5月17日 土 大宮JAM
小倉 碧(vo)寺島優樹(p)ジョナサン・テグネル(b)小山田和正(ds)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~acoustic/
5月18日 日 高円寺 MOON STOMP
5月20日 火 大宮JAM
大門陽子(tb)寺島優樹(p)高橋宏種(b)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~acoustic/
5月22日 木 高田馬場 イントロ
寺島優樹 p 本川悠平 b
http://intro.co.jp/cotton/livesch.php
http://www.intro.co.jp/intro/map.php
5月24日 土 関内ラフ&スティング
5月27日 火 関内7thアベニュー
5月29日 木 新所沢 ネイブ 19:00~23:00charge¥1500
寺島優樹(P)越坂部智彦(B)林伸一郎(Dr)
http://www3.atwiki.jp/nave/
5月30日 金 大宮JAM
大山日出男(as)寺島優樹(p)大西慎吾(b)小山田和正(ds)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~acoustic/
5月31日 土 大泉学園
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