本池美紀子さん/ピアノ/マルティン・ルター大学ハレ・ヴィッテンベルク校/ドイツ・ハレ

本池美紀子さん プロフィール4歳よりピアノを始め、6歳より作曲を学ぶ。神奈川県立弥栄高等学校芸術科音楽専攻を経て東京音楽大学を卒業。現在ドイツのMartin-Luther-Universitätの大学院に在学し、ピアノとピアノ教育を学ぶ。日墺文化協会フレッシュコンクール2012奨励賞、第32回日本ピアノ教育連盟ピアノオーディション奨励賞を受賞。2010年にVladimirOvchinnikov氏の公開レッスンを受講。2015年にEuro music festivalにてIliya Scheps、JochenKöhlerの各氏のレッスンを受講し、コンサートに出演。2016年東京音楽大学ピアノ卒業演奏会に出演。 -簡単な自己紹介とということで、ご経歴を教えていただいてよろしいでしょうか。 本池様:2歳からヤマハ音楽教室に入って、4歳からピアノ始めました。6歳から14歳まで作曲をヤマハで勉強して、クラシックのピアノの勉強をしました。高校は県立なんですけど音楽科に入って、そのあと東京音楽大学を卒業して、今ハレのマルティン・ルター大学のピアノ教育科にいます。 -今回留学を考え始めたきっかけは、何かありましたか。 本池様:小さい頃から何となく将来留学したいなという気持ちはあったんですが、はっきり決めたのは去年の夏で、そのときもアンドビジョンさんにお世話になったんですが、ハレの夏期講習に参加して、そのときに初めて1人でドイツに行って、2週間ぐらい過ごしたんですが、日本よりも私にとっては居心地が良くて、本当に周りのことが何も分からないのに、来たその日から心が開けて、その瞬間に私がいる場所はここだなと思いました。絶対ここで勉強したいと思ったのと、ご縁があっていい先生に巡り会えて、その先生のもとで勉強したいなという気持ちが強くて、それで留学を決めました。 -最初に夏に行ったきっかけというのは、前々から思われていたんですか。 本池様:そうですね。1回進路を迷った時期があって、このまま日本で就職をしてピアノの先生になるのか、大学院に行くのか、それとも留学をするのかと迷った時期があって、思い切って一度行ってみようということで、家族とも相談して行かせてもらうことになりました。 -今の学校を選ばれるまでにうちのカウンセラーとお話をしていただいたり、紆余曲折があったと思うんですけど、学校選びのときの経緯はどうでしたか。 本池様:去年の夏にハレで夏期講習があったので、そのときに初めてハレに来たんですが、最初は今と違う先生を指名していたんです。でもそこで通訳して下さった方がその学校の生徒さんで、その方の先生も講習会に参加されていて、通訳の方が「先生が時間があるからよかったら先生にも習ってみない?」と声をかけてくださって、それで今の先生と出会いました。その先生は本当に素晴らしくて、この先生のもとで勉強したいなと思いました。そこから帰国して、すぐに準備をスタートしました。 -実際日本で学ばれていたご経験もあったと思うんですけども、日本と違うところを感じられたことはありますか。 本池様:レッスンの中では先生と対等に話せるという印象が一番強くて、何でも聞けるし、「私はこう思うんですけど、先生はどう思うんですか」という聞き方も普通にできたり、本当に親身になってくださるので、安心して音楽が勉強できる環境だと思います。 -それは日本ではあまり感じられなかったことですよね。 本池様:先生にもよると思うんですが、私の日本での先生はすごく親身になってくれましたし、すごく成長できたんですけど、それがあったからこそ今こっちでも充実できていると思いますし、先生といろんな話ができるのも、日本でいろいろ教えてもらって培ったものがあるからこそだと思っていますが、日本よりも本当に対等な感じがします。先生と生徒というよりも、音楽家同士で話せる感じがしますね。もちろんたくさん教えてもらうこともあるんですが、いろんな話をしてくれます。 -出願のお話もお聞きできたらと思うんですが、試験の内容や手段の書類はどういうものが必要でしたか。 本池様:書類は今までの経歴、日本で言う履歴書みたいなものをドイツ語で書くんですが、それと日本の大学の成績証明書と卒業証明書、高校の成績証明書と卒業証明書、曲目と申し込み用紙、語学の証明書でした。 -これは辛かったという書類はありましたか。 本池様:私はアンドビジョンさんに助けていただいたので比較的スムーズにいけたんですけど、きっと1人だったら大変だったろうなというのは履歴書です。あとは要項を読むのも大変だったと思います。 -その履歴書というのは、普通に日本人がイメージする文房具屋さんに売っているようなものだと思うんですけど、大学の履歴書というのはまた違うものになるんですかね。 本池様:そうですね。少し違って、写真はあってもなくてもいいんですけど、今まで習った先生の名前を書いたり、コンクールで獲った賞だったり、自分が持っているグレード等を書きました。 -実際の試験はどんなものでしたか。 本池様:試験は、曲目は各時代を1曲ずつということで、全部通すと30分位の実技と簡単な面接がありました。 -曲目は自分で好きに選べるということですか。 本池様:大学によって違うんですけど、私の大学ではバッハの平均律など、ある程度作曲家や時代が決まっていて、そこから自分で考えて選ぶというかたちで、割と自由に選べました。私は全部で7曲用意して、他の大学院も2つ受けたんですが、そちらは本当に自由で、45分のプログラムを考えていくものだったので、そこと同じプログラムが使えたのですごくよかったです。たくさん弾くことで勉強になりました。 -なかなかそこまでの曲数を短時間で仕上げていくというのは、リサイタルでもしない限りないですよね。 本池様:そうですね。試験の雰囲気もすごく和やかで「ようこそ」と言ってもらって、「最初は何を弾きたい?」と聞かれて、それで始める感じでした。全然ピリピリしていなくて、日本の音大の受験は本当にピリピリなんですけど、そこもすごく驚いて、いいなと思いました。 -簡単な面接というのはどういう面接だったんですか。 本池様:「なんでここの学校に行きたいの?」と聞かれたり、「日本でどれぐらいドイツ語を勉強したの?」とか「何を勉強したくてこの学校選んだの?」と聞かれました。難しいことはあまり聞かれず、先生と世間話をしているような雰囲気でした。 -ではほとんど実技の部分を見られて、という感じですかね。 本池様:そうですね。 -合格して最初の登校のときに色んな手続きがあると思うんですけど、難しいところはありましたか。 本池様:大学が始まるのが10月10日だったんですが、10月の初めにあるオリエンテーシまでに手続きをして下さいとのことだったので、9月に必要な書類も全部教えていただいた状態で行ったんですが、3時間ぐらい待ちました。生徒さんが多すぎてみんな並んでいましたね。手続き自体は思ったより難しくなかったですが、待ち時間が結構辛かったです。 -オンラインではなくて、窓口に行かないといけないですもんね。 本池様:そうですね。窓口で番号が書いた券をもらって、ひたすら待つという感じでした。実際の手続き自体は合格証を見せて、生徒証になる写真を渡して、後日入学許可証と生徒証が郵送されてきました。 -同時に諦める理由がお金になるというのも、留学の難しいところだと感じているんですが、本池さんの、今回の留学の資金というのはどういうふうにご準備されましたか。 本池様:留学資金は両親が払ってくれていて、最初の2年は学費や生活費も両親が負担してくれるという約束で、2年後からは自分で頑張ろうと思っています。 -なかなかそういったかたちで行かれる方は少ないんですが、2年後からはどうやって行かれるご予定ですか。 本池様:この2年で語学力をつけて、ピアノを教えてお金を稼いでいきたいと思います。教えるのはいい経験になりますし、それで生活できるなら一番いいなと思っています。 -それでもし成功すれば、そのままいられるかもしれませんもんね。 本池様:そうですね。頑張ります。 -語学の勉強というのは、もともとハレのときは、ドイツ語は普通に分かるという感じだったんですか。 本池様:まだ日常生活程度なので、去年の6月から語学学校に日本で通い初めて、その2カ月後に夏期講習に行ったんですが、そのときはまだレッスンも通訳が必要で、初歩の語学力だったんですけど、日本に戻ってきてから一生懸命勉強して、今もまだ授業は結構大変なんですけど、前よりは話せるようになってきました。 -今はちなみに、提出された語学の証明で言うと、グレードはどれぐらいに当たるんですかね。 本池様:今はB1です。 -1年でそこまでいかれたというのはすごいですね。もともと語学を勉強されるのは好きなんですか。 本池様:そうですね。特別何かをやってきたわけではないんですが、語学を勉強するのは好きです。 -今もそちらで語学学校に通うわれているんですか。 本池様:今のセメスターは通っていないんですが、次のセメスターから大学の語学講座に通いたいなと思っています。日本人が本当に少ないので、毎日お昼ご飯とかカフェに友達と行くとドイツ語話せる環境なんです。それは私にとってすごく良くて、授業も苦労しているんですが、録音を録って家に帰ってからもう一回聞くという生活をしているので、それも語学力アップにいいなと思っています。 -では毎日ドイツ語のシャワーを浴びまくっているような感じですよね。ちなみに日本人はどれくらいいらっしゃいますか。 本池様:私の知ってる人は音楽科に去年通訳をしてくださった方が1人いて、あとは違うことを勉強している人だったり、働いている人がいますが・・・街全体で30人くらいですかね。中国人や韓国人はたくさんいるんですが、日本人は本当に少ないです。 -実際学校の雰囲気というのはどんな雰囲気ですか。 本池様:学校の雰囲気もすごく良くて、みんな一生懸命勉強していますが、だからといってライバル視するのではなく、意見を出しあったり、レッスンや発表会ではなくても、普段からみんなで弾き合いっこをして意見を出しあったりしています。お昼を食べながら面白い話をして笑っていると思いきや、政治の話が始まったりするので、みんな本気で勉強しているんだなということを感じますし、本当にみんなが音楽が好きでやっているんだなということを毎日感じています。 -年齢層は同じ位の方が集まっているんですか。 本池様:私が今22歳なんですが、35歳位の人もいたりします。私は今大学でマスターをしているんですが、マスターの人からすると私なんて本当に小さい子が入ってきたという感じで、30歳前後の人が多いですね。バチェラーだと私の年齢位の人が多いんですが、日本だったら22歳は就職しているか大学院かという感じなんですが、こっちだったら「なんでまだ22歳なのにマスターをやるの?」と聞かれたりしますね。日本人だから余計に若く見られて、18歳位だと言われました。面白いエピソードがあるんですけど、受験のときに飛行機に乗って違う街に受験しに行ったんです。そのとき隣に座ったメキシコ人のおばあさんと仲良くなって、「明日受験があるんです」という話をしたら、「高校の?」と言われました。「大学院のです」と言ったら天才児だと思われて、「YouTubeの曲をアップして。私絶対聴きたい」と言われてしまいました。7歳も若く見られるとは思わなかったです。 -日本人が若く見られる傾向があるというのは聞いたことがあったんですけど、7歳も若く見られるというのは珍しいですね。学校の人数はどれくらいなんですか。 本池様:音楽教育科の人数は、大学院だけだと20人ぐらいですかね。音楽教育と音楽学という括りがあって、音楽学も合わせると40人ぐらいいると思います。学校全体では、音楽科だけではなく哲学科やドイツ文学とか、街のいたるところにキャンパスがあるので、全体だと1000人ぐらいになると思います。 -総合大学の中の、いわゆるピアノ教育学専攻みたいな所属でいらっしゃるということですね。改めて日本と留学先とで大きく違うところはズバリどういうところですか。 本池様:結構たくさんあるんですが、最初びっくりしたことが、皆さん本当に親切で、私が来たばかりで分からないことだらけだったときに、全然知らない人にもいろんなことを聞いていたんですけど、みんなが親身になって教えてくださいました。トラムで行き先を間違えたときがあって、そのときも後ろの人にこそこそと聞いたら、その号車の全員が心配してくれました。「次の駅で降りて」と言われて、一緒に降りてくれたおばさんが、全部私の最寄りの電車駅に止まる電車の番号をメモしてくれたりもしました。それが本当にうれしくて元気が出ましたね。毎日いろんなところに買い物に行くんですが、必ず挨拶をして入ることが日本ではないなと思いました。それをこちらでは当たり前にやっています。買い物が終わって出て行くときも、「良い1日を過ごしてね」みたいに声を掛け合うので、そういう文化が日本ではないので、いいなと思いました。私は住んでいるところが神奈川で、大学も東京の池袋だったので、本当に全然違うなと思います。私には都会よりも、今いる所のようなみんな家族のような雰囲気がすごく好きなので、居心地がいいです。 -普段の生活をしていて、逆に困ったことはありましたか。 本池様:買い物は何でも揃いますし、周りの方々に助けていただいているおかげで特段困ることはないです。私は身長が160センチが日本ではそんなに低くないと思うんですが、でもこちらでは本当に小さいほうで、身長が足りなくて困ったことがありました。家の電球を付け替えるときに、大家さんが「はしごを使っていいからね」と言ってくれたんですけど、はしごを使っても届きませんでした。 -家の天井が高いということですか。 本池様:そうですね。全部がビックサイズで、何をするにも身長で困っているかもしれません(笑) -そういうときでもハレの人が助けてくださるということですよね。 本池様:はい。大学にいる背の高い友達に「ちょっと来て」と言って助けてもらっています。実際周りも助けてあげなきゃと思ってくれて、助けてくれている部分もあると思いますね。文化が違うので戸惑うこともあるんですが、その度に先生だったり友達だったり、街の人が本当に親身になって「何を困っているの?」と声をかけてくださったりします。入学手続きのときも、授業の登録だったり分からないことがあったときに、知り合ったばかりなのに、みんなに聞いたら親切にやり方を教えてくれるので、本当にありがたいです。 -羨ましい環境ですね。音楽のレッスンの話も聞きたいなと思っているんですが、学校の授業というのはどんな内容になるんですか。 本池様:自分が先生からレッスンを受けるというものと、ピアノ教育学科なので、自分が生徒にレッスンをするというものもあります。2人生徒を持って、週に1回ずつレッスンをするという授業があります。あとはグループの授業で、1人が生徒を連れてきて、皆の前でレッスンをして、そのあとにみんなでディスカッションをする授業があったり、先生の話を聞くだけのピアノのメソッドの授業や音楽学の授業があったりします。 -自分が生徒を持つというのは、どこから生徒さんを連れてくるんですか。 本池様:友達だったり、他の学科でピアノに興味のある友達を見つけたり、知り合いの知り合いを紹介してもらったりしています。あとは先生が普段から募集しているので、そこから紹介してもらったりします。 -生徒さんを自分で持ってやるという授業は、単位認定をされる授業なんですよね。 本池様:そうです。学期の終わりに試験もあって、先生の前でレッスンをするというかたちです。 -それは普段、先生は横で見ていたりするんですか。 本池様:いえ、見ていません。完全に独立していて最後に見せるという感じです。時々ディスカッションをする授業のときに生徒を連れて行くので、そのときは先生がいるので、なんとなくどういう状況かというのは、先生は分かると思うんですが、結局はセメスターの終わりに試験があって、そこで先生がどう成長したかを見るんだと思います。 -全然言うことを聞かない生徒さんに当たってしまう可能性もあると思うんですが。 本池様:そうですね。でもそれも私たちにとってはいい経験で、私も日本で小さい子を教えていた時期があったんですが、本当に小さい子は長時間だと集中力が持たないので、いかに興味を引きつけるかとか、いかにつまらない思いをさせないで面白いレッスンをするかを考えたので、それをできるのはすごくいい経験だと思います。そういう授業があると、最初カリキュラムを見たときに私もびっくりしました。 -そのグループディスカッション、はどれぐらいの頻度でされているんですか。 本池様:週に1回ですね。自分の生徒を私が指導する様子を見てもらうというのが、月に1回です。 -自分自身も指導を受けつつ、それ以上に教えるということをちゃんと経験させてもらえるという中身になっているんですね。これは非常に珍しいご経験だと思うんですけども、海外で勉強したいという方が本当に多くて、あえて日本で準備しておくべきことというのは、何かありますか。 本池様:音楽用語ですね。楽典で使う用語を、できるだけドイツ語で何というのか覚えておいたほうが、レッスンを始めたときに楽だと思います。 -レッスンはドイツ語でされていらっしゃいますもんね。すぐに出てこないときは英語で補足するという感じですか。 本池様:英語で補足したり、いつも私は本と一緒に用語の表を持っているので、カンニングをしています。私の生徒には学生が1人いるので、その人にドイツ語教えてもらったりしています。 -普通のピアノ科の方とは時間の使い方が大きく違うように感じたんですけど、日頃のご自身のピアノの練習や指導の準備は、どういうふうにされていらっしゃるんですか。 本池様:私は演奏の面でも他の音大生と同じように勉強をしたいと思っているので、時間の使い方に苦労しています。基本的に朝授業の前に、練習をするために大学に行って、授業を受けて、家に帰ってから自分がレッスンをする指導案を考えたりするんですけど、ほとんど授業以外は練習をしていますね。たくさんいろんな曲を勉強できていて、コンチェルトの伴奏だったり歌の伴奏だったり、アンサンブルの曲も勉強できているので、すごく楽しいんですけど、その分時間の使い方が大変です。 -ちゃんと睡眠はとっていますか。 本池様:睡眠と食事は手を抜けないと思っているので、そこは大丈夫です。いっぱいいっぱいになっていたときもあったんですが、そのときも友達に相談したら「タイムテーブルを作るといいよ」と教えてもらって、決められた時間の中で集中してやることを教えてもらいました。 -すごいですね。 本池様:最終的には指導者になりたいと思っているんですけど、ピアニストにもなりたいと考えていて、それで今習っている教授が、普段の授業も担当しているし実技のレッスンも担当している先生なので、その先生のもとで学べばどっちも深く学べると思っています。 -先ほどタイムテーブルというお話があったと思うんですが、1日のスケジュールはどういう感じで進めていらっしゃいますか。 本池様:8時ぐらいに大学に行って、授業も毎日時間がバラバラなんですが、授業まで練習をして、授業やピアノのレッスンを受けて、夕方もまた練習して、夜にコンサートがある日が多いんですけど、コンサートがない日は、夜も少し練習してから家に帰って指導案を作るという生活をしています。 -コンサートは結構街で盛んにされているんですか。 本池様:はい。毎日のようにされていて、それもすごく私にとってはいいことなんですけど、生徒たちが大学で、コンサートだったり試験をしているので、それを聴いたり、教会でミサをしていたりするので、週に2回は何かしらのコンサートに行っています。オペラもすごく安くて、学生は800円位で聴くことができます。 -日本で聴いたら1万円位しますよね。それだけでも元が取れそうですね。普段自分の練習をされたり指導案を書いたり、かなり濃密に過ごされていると思うんですけど、現地のミュージシャンや音楽家の方とのつながりが生まれたりというのはありますか。 本池様:ありますね。コンチェルトイグザムという大学院を卒業した人が受けられるカリキュラムがありまして、それは2年間受けて、そのあと卒業試験に受かると演奏家としての国家資格がもらえるんですね。そういう生徒さんも私のついている教授のもとにいらっしゃって、その方は演奏活動をたくさんされているので普段からそういう方と話せたり、その人の演奏に行ったりすると、やっぱり輪が広がりますね。 -その国家資格を持っていらっしゃる方は少ないんですか。 本池様:そうですね。少ないと思います。本当に先生とのご縁に恵まれたと思います。私も可能であれば、今の大学院を卒業したあとにコンチェルトイグザムに進みたいなと思っています。そこを目指して勉強したいなと思っています。 -他の生徒さんのお話ですが、真面目な方が多いと伺ったんですが、日本と比べてこういうところが特徴的だというのはありますか。 本池様:普段から音楽の話を話せるというのが日本と違うなと思ったのと、みんなもちろん真面目なんですが、思いっきり騒ぐときは騒いでパーティーをしたりとか、お散歩に一緒に行ったりとか、オンとオフのメリハリがはっきりしていますね。昨日も私と同じ曲を弾いている生徒がたまたまいて、その生徒のレッスンについて行って聴講していたら、「先生が美紀子も弾いて」と言ってくれて、お互いの演奏を聴きあってレッスンしたりということもありました。すごくみんなオープンですね。 -今のお住まいは学生寮になるんですかね。 本池様:いえ、私は普通のアパートに住んでいます。大家さんも同じ建物に住んでいて、その内の1部屋を借りているという感じです。もちろん学生寮もたくさんあるんですが、学生寮はルームシェアというかたちなので、それになじみがないので1人の方が落ち着くかなと思って、今のところに住まわせてもらっているんですけど、2年後に自分で払うことになったら払えないので、学生寮に引っ越そうかなと思っています。 -ちなみに1カ月の生活費はどれぐらいなんですか。 本池様:生活費は食費や家賃などを合わせると10万円ぐらいですかね。今は買い物に行く時間もないのですが、今後時間ができてくるようになると危ないですね。 -清水からの質問ですが、滞在許可に必要だったものは覚えていますか。 本池様:パスポート申請用紙と6カ月以内に撮影した証明写真、大学の入学許可証、親からの経費負担誓約書、ドイツに来てから申し込んだドイツの健康保険の契約書と住民票、そしておうちが決まったときに大家さんからもらった契約書でした。 -すごくたくさんありますね。これはスムーズにいきましたか。 本池様:書類自体はスムーズに集まったんですけど、自分で外国人課にアポを取らないといけなくて、申請をするために日時の予約が必要だったので予約の電話をしたんですけど、「今年いっぱいは空いている時間がない」と言われてしまいました。結局「学生のために設けている日時に来てください」と言われたんですが、それだとシェンゲンが過ぎてしまうと思ったので、もう一度外国人課にメールを送ったところ、「今日の午後に来られない?」と言ってもらえて、特別に申請させてもらえることができました。そのときも清水さんにどうすればいいか相談して教えてもらいました。 -住民登録というのはどんな感じでしたか。スムーズでしたか。 本池様:それも市役所にアポを取らないといけなかったのでアポをとって、大家さんと契約したときにもらった契約書とパスポートが必要でした。 -その賃貸の証明をもらうのに必要なものは何でしたか。 本池様:大家さんによって違うと思うんですが、私の場合はすごくフランクな大家さんだったので信頼してくださって、何もいらなかったです。本来であれば、親からの経費負担証明書とパスポートが必要なところが多いそうです。 -本当に大きなトラブルもなく、充実していらっしゃるということだったので、とてもうれしく思っています。また次の夏にアンドビジョンから行かれる方もいらっしゃると思うんですが、タイミングがあれば、そのときのお話などもしていただければうれしいです。今後はどういった進路を考えていらっしゃいますか。 本池様:今後は、今の大学院を出たあとに、可能であればコンチェルトエグザムに進んで、ドイツでピアニストとしての国家資格をもらうというのが1つの目標で、もう1つは平行して、指導者として、2年後ぐらいに本格的にやっていけたらなと思っています。今はまだこちらに残るのか日本に戻るのか考え中なんですけど、日本に帰るとしたら、こちらで学んだピアノ教育、ピアノメソッドを生かして、日本で日本と違ったピアノ教育法を自分もやるし、広めていけたらなと思っています。私自身もまだ先のことは分かっていないんですけど、今はとりあえず勉強して力をつけようと思っています。 -ありがとうございます。では最後の質問です。これからドイツに留学を考えていらっしゃる方に、アドバイスをぜひお願いします。 本池様:ご両親との相談だったりお金の面であったり、いろいろ考えないといけないこともあると思うんですが、もし可能であるなら、ぜひ本場で学んだほうがいいなというのが私の意見で、本場でしか味わえない空気だったり、本場の方との関わりなどがあって、普段の生活からもたくさんインスピレーションが受けられるし、音楽面でも日本と全然違うレッスンが受けられたり、違った仲間ができたり、毎日が音楽漬けの毎日ですごく幸せなので、そういうものを味わえるのはすごく幸せだと思います。来るときに気をつけたほうがいいなと思うのが、自分が何を勉強したいのか、どういう演奏ができるようになりたいのか、ということを明確にして来ないと、なんとなく生活して終わってしまうので、そこは気をつけたほうがいいかなと私自身も思っています。 -貴重なお話を聞かせて頂き、本日はありがとうございました。 本池様:こちらこそありがとうございました。

S・Wさん/インターナショナルサマーアカデミー(ISA)

S・Wさん プロフィール12歳よりクラリネットを始める。2014年より都内の音楽大学に入学。学内のソロ室内楽オーディションに合格し出演、高校時代より都内ジュニアオーケストラ等で演奏。学内の吹奏楽ではコンサートマスターを務める。 -これまでのご経験や音楽のご経歴をお伺いしてもよろしいでしょうか。 S・W様:小学校に入る前からバイオリンを始めました。小学校に入ってからはピアノ始めて、小学3年先でトランペットを始めました。そのあと中学校1年生からクラリネットを部活で始めて、高校時代にはジュニアオーケストラに所属するようになり、音大に行こうと思うようになってので、高校3年間今の大学の教授につきました。今は大学3年生です。 -今回の講習会に参加される前に、海外の講習会に参加されたことはありましたか。 S・W様:チューリヒ音楽大学のサマーカレッジみたいなものに行きました。それは1週間ほどでした。 -それは何かきっかけがあったんですか。 S・W様:奨学金を出してくれる団体があって、そこのオーディションを受けて、もらえることになったのがきっかけです。飛行機代だけは自費だったんですけど、受講料が免除だったので行こうと思いました。特にそこの講習会に行きたいということではなく、ちょっと行ってみようという思いから行きました。 -今回ウィーンの講習会に行きたいと思われた理由やきっかけはなんですか。 S・W様:それは確実に、「講師の方」ですね。1週間ずつ交代に2名の先生に見ていただける形式の講習会で、1週目がヨハネス・グマインダー先生、2週目がシャロン・カム先生でした。どちらの先生も素晴らしい方だったのですが、特に2週目のシャロン・カム先生が、自分が本当に一番大好きな方だったので。シャロン・カム先生は女性のクラリネット奏者で、ドイツで活動している方で、フランスの楽器を使っているんです。アカデミーでしか教えてもらえる機会がないので、どうしても一度教えていただきたくて、今回参加しようと思いました。中学校の頃から大ファンで、一番好きな先生です。 -その先生に実際会われたときの感動はすごかったんじゃないですか。 S・W様:そうですね。感動して最初のレッスンのあと「あなたは世界一の奏者だと僕は思うんです」とか「あなたのCDを全部持っています」みたいなことを英語で伝えました。先生もとっても喜ばれて「それは嬉しいわ」と言ってくれました。 -イベント自体のお話もお伺いしたいんですけど、参加者の方はどれぐらいの規模でいらっしゃいましたか。 S・W様:大体どこの楽器も10人ぐらいだったと思います。 -1人の先生に10人ということですか。 S・W様:そうですね。管楽器と弦楽器は別の講習会場で、ピアノと弦楽器と管楽器がそれぞれ3つに分かれていました。それぞれの演奏会があるときに、それぞれの練習会場から集まって会うみたいな感じでしたね。ピアノのほうにも日本人の方がいたので、各楽器が集まったときに知り合いになりました。 -他に参加されている方はどういう方でしたか。 S・W様:大学生ももちろんいるんですけど、基本的にフランスの国立音楽院やジュリアードなどのいろんな一流大学を卒業してから来たという方が多かったです。クラリネットでは最年少の人が僕より1個下だったんですけど、それでもジュリアードの優秀な学生だったりしたので、どの楽器もレベルが高く、27歳、28歳の人も割といたので、25歳ぐらいが平均だったと思います。 -では「音大を卒業してすぐ」ぐらいの方が多かったんですね。 S・W様:そうですね。音大を出てオーケストラの空き待ちぐらいの実力派ばかりのメンバーでした。 -結構刺激的だったんじゃないですか。 S・W様:そうですね。ちょっと劣等感を感じるぐらいの環境で、とても刺激になりましたね。 -ちなみにその講習会のスケジュールでは、6回ぐらいプライベートレッスンがあって、他もいろんなワークショップがあると伺っていたんですけど、1日のざっくりとしたスケジュールはどんな感じだったんですか。 S・W様:1日のスケジュールは、プライベートのレッスンが基本で、先生の1対1のレッスンがありました。1週目はこの先生が、2週目はこの先生が来てという感じでした。2日に1回レッスンがあって、さらに自分で参加するワークショップがあるんですけど、このワークショップは基本的に完全に自由というか、参加してもしなくても大丈夫みたいな感じのものでした。事前に参加申し込みを受け付けていたはずなんですけど、現地に行ってから参加するのをやっぱりやめるという方もいて、結構自由な感じでした。最初にチェックインをして受付をしたときに「ワークショップをどうするか」と聞かれて、例えば僕の友人は「申し込んでなかったけど申し込んでいいですか」と聞いたら、「いいよ、いいよ」と言われて“室内楽”のワークショップに申し込みました。先生がその場で室内楽のチームを組んで、曲を決めて楽譜が届いて・・・という感じでした。僕自身は基本的に毎日1人で練習してレッスンに向かうというスタンスで、ワークショップにあまり時間を割かず、レッスンに集中していました。 -スタッフはどういう人がいましたが。 S・W様:とてもフレンドリーで、ISAの事務局には、基本的に毎年やってる方々で、音楽大学の事務局員の方々がやっていることが多くて、もちろん主体はウィーン国立音楽大学の事務局員をやっている人が主体なんですけど、普段から音楽に触れている人なんだということが僕たちにも伝わるぐらいちゃんと理解があるし、とても親身になっていろんなことを手伝ってくれました。「この楽譜のパート譜がないんだけど、どこかにない?」と聞いたら、「じゃあ、パソコンで検索してあげるよ」と言って調べてくれたりとか、ご飯も毎日あるんですけど、そこで一緒に食べていました。 -受講生の方たちは全体で60人ぐらいですよね。 S・W様:管楽器だけで言うとそれぐらいですね。 -スタッフの方はそれに対して何人ぐらいましたか。 S・W様:管楽器は1人でした。もう1人運転手の方がいました。練習会場はホテルから5分ぐらいで、学校から歩いて行けたんですけど、演奏会に行くとかレセプションに行くというときは、その2人が迎えに来てくれました。でもレセプションとかに行くと事務局員の方がたくさんいました。それから事務局主催のコンクールがあるんです。今年はマルティーニコンペティションといって、マルティーニが作曲したものを使ってコンクールをしていました。あとは室内楽のメンバーで受けるコンクールが4つぐらいありました。それもまた申し込み制で自由参加なので、3分の1ぐらいの学生が申し込んでいました。 -それはオープンではなくて受講生のみによるコンクールだったんですか。 S・W様:そうですね。受講生の中でのコンクールでした。 -ここで選ばれたら何か特典とかがあるんですか。 S・W様:20万とか30万の賞金がもらえます。すごい額だったのでびっくりしました。向こうの現地の方々にとっては、むしろプラ スになるぐらいの賞金だと思います。 -そのコンクールはやっぱりレベルが高いんですか。 S・W様:そうですね。レベルは高かったと思います。もう1つコンペティションがあって、コンチェルトオーディションというのがあるんですけど、それはアンドビジョンさんに「受ける」と言って練習して行ったんですけど、それだけは初日にあって、いきなりオーディションだったんです。それにうかった人が出るコンチェルトが受講期間中にあります。クラリネットは4、5人がそれを受けていました。 -コンチェルトはいつあったんですか。 S・W様:2週目のはじめのほうにあったと思います。 -発表の機会というのはそのコンチェルトのオーディションにうかるか、もしくはコンペティションとして自分でエントリーする以外にないという感じですか。 S・W様:いえ、あります。3日に1回ぐらい、水曜日のコンサートと金曜日のコンサートというのがあって、楽器によって出られる条件が違っていて、先生から「今週の水曜日のコンサートに出なさい」とか、「金曜日のコンサートに出なさい」と言って推薦される場合もありますし、クラリネットの場合は先生に「先生、コンサート出たいんだけど、どう?」と聞いて、立候補制でした。楽器によってそれはさまざまだったと思います。そのコンサートは夜にするので先生も見に来てくれて、管楽器の受講生も割と全員出ていました。先生によって全然違うので、来年先生が変わってからその基準もまた変わると思います。 -参加者の方は、どこの国の方が多かったというのはありましたか。 S・W様:ドイツやフランスが多くて、あとはエストニアだったりフィンランドだったり、アメリカ、ハンガリーからもいました。でもオーストリアやドイツが多くて、次にフランスが多かったです。アジア圏の人は割と少なかったですが、日本人が全部で4人いたので、全然苦ではなかったんですけど、日本人が全くいないであの2週間を過ごすとなると、多分大変だったと思います。向こうではどっぷり英語ですし、先生との打ち合わせ等も全部英語で行われますので、それで1人で練習となると精神的にきつかったなと思います。 -今回行くきっかけとなった先生のお話をお伺いしたいと思うんですけど、シャロン・カム先生は実際どんなレッスンをされる方でしたか。 S・W様:その先生自体、教えるということにすごく興味を持っていて、もちろんどこかで先生になりたいという思いはあったそうなんです。世界的なソリストで、彼女のようになりたいという人はとても多くいると思うんですけど、ドイツでは教鞭を取れないので、とても生徒に愛情ぶかく教えてくださいました。クラリネットとしてのレッスンももちろん素晴らしかったんですけど、演奏家としてこうすべきだとか、演奏家としての振る舞いを教えてくれたり、技術的にもすごく混みいったレッスンをしてくれたので、技術的にも音楽的にもとても充実したレッスンでした。 -素晴らしいですね。他の方が受けられているものは聴講されましたか。 S・W様:はい。 -相手によって多少は先生も、工夫や教え方を変えられたりすると思うですけど、先生の得意なジャンルとか教え方のセオリーとかというのはあったんですか。 S・W様:日本で音大生とかコンクールとかでメジャーな曲があるんですけど、それを持って行ったときに、先生が知らない曲がありました。先生はイスラエル出身で、アメリカのジュリアードで学んで、今ドイツに住んでいるという方なので、もちろんドイツものが得意だったりとかフランスが得意だったりとかするんですけど、1週目に来たヨハネスゲバインダーという先生は、どっちかというとドイツもののほうが得意で教えられるというのはあったと思うんです。セオリーというか、結構向こうの人が言うのは、息の使い方とか体の使い方とかでした。 -日本で受けたレッスンとここは違うなと思ったところを教えていただきたいんですけど。 S・W様:日本はこうしなければならないという教え方だと思うんですけど、向こうは本当にいい音が出ていればどういう過程でも、手段でもいいからという教え方でした。さらに言うと、「その答えが、あなたが納得していればいいんだけど、こういう吹き方もあるのよ」と答えすらも強制しないレッスンなんですよ。 -それは、新鮮ですね。 S・W様:そうですね。答え自体を「あなたはどう思う?」と先生側が聞いてくれるのは、向こうはそういうものだということをあらかじめ知ってから向こうに行ったので、やっぱりそういうもんだよねという感じだったんですけど、出ている音が良ければ、音の切り方とか日本では注意されることを、演奏スタイルが自由だったので、すごく自由だなと思いました。 -それはやっぱり今まで日本で受けてきたことと違うなと思ったことですよね。 S・W様:そうですね。その方程式まで指定されないとできない人は伸びないと思うんですけど、ある意味多種多様な人材が、音楽家としてその方法のほうが育つんじゃないかなと思えるレッスンでした。 -ちなみに最後は閉会セレモニーとかがありましたか。 S・W様:なかったですね。最後のレッスンが終わったらすぐ修了証を持って帰ってしまう人がいれば、僕たちみたいにレッスンが終わって次の日に帰るという人もいました。あの人はいつの間にかいないということをもありました。もちろん最後のレセプションが最終日の夜にあったんですけど、その時点であの人帰ったの?みたいな人もいて、割と自由でした。 -練習室というのはどこら辺にありましたか。結構近いところにありましたか。 S・W様:近いところにありました。そもそもホテルも管楽器の人しか泊まっていないので、ホテルの部屋でいくらでも音出しができますし、時間制限は朝の8時から夜の10時までという決まりはあったんですが、ホテルの中で昼休み休憩12時から1時半ぐらいまでは音を出してはいけないということになっていました。お昼休みは休もうという、向こうの方の習慣なんだと思います。レッスンを行っているところは歩いて5分ぐらいの所でした。 -今回レッスンの回数が多くて、残った時間は練習に費やされたということですが、それ以外の時間はちょっと街をぶらっとするなどありましたか。 S・W様:本当にど田舎なので、近くにコンビニ程度のスーパーがあるぐらいでした。そこも月曜日はやっていませんし、木曜日は午前中だけだったりしたので、夕方の5時には閉まってしまったりしていました。歩いて40分ぐらいのところには大きいスーパーがあったり、車通りの多い所に着くんですけど、そこまで行くのにあぜ道を取ったりするので、景色が綺麗で、スーパーまで日本人の友達と歩いて散歩しに行ったり、川遊びをしたりしました。ピアノ科に日本人の参加者がいてその方と友達になったので、そちらのホテルの近くのレストランでご飯を食べました。その帰りにピアノ科のホテルを覗いたんですけど、管楽器のホテルと全然違ってすごくいい待遇だったのでびっくりしました。 -ご自身のホテルの質などは問題なく過ごせましたか。 S・W様:そうですね。バスタオルは2日に1回交換でシーツ、枕カバーは2週間交換なしでした。 -お風呂やトイレは、普通にそれぞれの部屋についていましたか。 S・W様:そうですね。普通にトイレとシャワーがついているんですけど、ラッキーだとバスタブもついているという感じでした。 1部屋で2人から3人の部屋で、僕は2人部屋でした。 -ルームメイトはどんな方でしたか。 S・W様:韓国出身の方で、チューリヒでホルンを学んでいる学生でした。僕より2つ年上なので、どこかの音楽大学を出てチューリヒに行っているんだと思います。 -参加者全体的に年齢が離れているというわけではなかったので、結構打ち解けるのも早かったんじゃないですか。 S・W様:そうですね。日本のように敬語があるわけではないので、英語で話していると年齢の上下はあんまり関係なく会話ができました。僕もそこまで英語力があるわけではないですけど、もちろんルームメイトとはくだらない話とかをして仲良くなりましたし、楽器の話はなかったんですけど、クラリネットの受講生とは「レッスンはどうだった?」とか「あの先生はこういうところは良くて、こうだったよね」とか、「普段どこで学んでいるの?」とか、そういう話をお互いに情報交換しました。 -会話は、スムーズに出来ましたか? S・W様:そうですね。もう少し英語をすらすらしゃべれたらもっと深い話ができたのかなと思います。聞くのは理解できたんですけど、話すのが6割、7割ぐらいしか出てこなくて、英語がもっと話せたらもっと楽しかっただろうなと思いました。 -ちなみに留学中に困ったことがあれば、今後の参考としてお伺いしたいんですけど。 S・W様:事前に「2曲くらい用意しておくのが一般的」とアンドビジョンさんから聞いていたんですけども、足りないかもと自分でも感じていて。それで行ってみた感想からすると、ISAの場合は6曲は必要でした。最低でも4曲ぐらいはあったほうがいいと思います。やっぱり2人の先生がいるので、多く曲があったほうがいいと思います。 -すごく参考になります。他に意外だったとか困ったことはあったでしょうか。 S・W様:僕たちのホテルにはジャグジーがあって、水着を持っていけば誰でもジャグジーに浸かれたので、水着を持って行けば良かったなと思いました。オーストリアには温泉も多いそうなので、温泉に入る文化があるみたいです。 -面白いですね!改めて今回のご留学を振り返ってみて、成長したとか変わったなと思うところはありますか。 S・W様:やっぱりプロセスに縛りがないと感じたことが一番の成長ですね。結果が良ければ全て良しみたいな演奏スタイルを、それぞれ持っていないといけないと思いました。 -今回のレベルアップというか成長したことで、これから先の渡辺様がトライしたいことはありますか。 S・W様:実際大学を卒業したら留学しようと思っていたんです。その場に行ってもちろん留学したいなと思う気持ちも半分だったんですけど、今は思っていたよりそこまでですね。レッスンになると話している英語は全部分かるんですよ。日本語をしゃべっているかのように何を言っているのか分かるんです。それを受けてみて、そういうレッスンのスタイルの違いはあったけれど、スタイルが自由だからといってそれに合わせてそれに甘んじてすごく雑になってしまっている人もたくさんいました。日本人はスタイルを確立しているからこそ繊細で、毎回安定した演奏ができるということがあるので、向こうに行くことも必要だけど、日本で学ぶことも何も悪くないなと思ってしまったことは事実です。向こうに行く良さと悪さと、それぞれ理解して帰ってきたという感じです。 -改めて自分の積み重ねてきたものを深く理解されたということですね。 S・W様:そうですね。ただ単にがむしゃらに海外に行きたいとかいう思いではなくて、冷静になぜ海外に行きたいのかとか、海外に行く必要がないのかとかを考える良いきっかけになりました。僕は実際今、卒業して留学するかどうか迷っていて、日本の大学院に行くという選択肢が逆に生まれました。 -最後になるんですけども、今後ISAに行きたいなと興味を持っていらっしゃる方にぜひアドバイスをいただければと思います。 S・W様:やっぱり向こうの音楽サマーアカデミーの中でも相当優秀なもので、初めて参加する人が、誰も日本人もいない状況でこのアカデミーに行くのは、僕はあまりお勧めしたくないですね。やっぱり悪い面も良い面も見えて帰っては来られないと思いますし、すごく嫌な面だけ見て帰ってしまうと思います。向こうにはそんなアカデミーはいくつもいろんな学校が主催していたりするので、もし初めて行くのであれば、やっぱり今回のような半月とかではなくて、1週間とか5日間程度のものもありますし、もう少し他のアカデミーを選ぶことをお勧めしたいなと思います。もしISAに行きたいというのであれば、他のアカデミーを経験してとか、友人がもう1人一緒に行くとか、そういう状況で行かないと、ちょっと集中できないと思いますね。向こうでも次世代に活躍する人たちが揃っているので、語学のハンデを持った状態で行くとなると、相当な劣等感を抱いて帰ってきてしまうと思うんです。それを分かって行ったほうがいいと思います。 -すごく参考になります。本日はお忙しいところありがとうございました。 S・W様:こちらこそ、ありがとうございました。

末永かりんさん/バークリー音楽大学サマーコース(5週間)

末永かりんさん プロフィール小学2年生の冬にゴスペルとミュージカルを始め、音楽の道を目指す。現在は劇団RKX所属。ミュージカル「ズボン船長」に2012、2014年 ケン役、2013年 ケン・ジョジョ役、2015年 ルナ役 で出演。2016年夏にトビタテ留学JAPAN 高校生コースの2期生としてアメリカへ音楽留学 【受賞歴】 2010年 セルシーキッズボーカルコンテスト3位 2011年 BAKKY Best of singer 決勝大会優勝 -はじめに簡単に自己紹介をお願いします。 末永様:私は今、関西の高校に通っていて、高校3年生です。小学校2年生の頃にゴスペルを始めました。音楽を始めたきっかけと言うのが、小学校2年生の担任の先生が「歌っているときにすごく生き生きしているから、音楽をやったほうがいいと思うよ」と言って勧めていただいたのがきっかけで、もともと歌は習いたいと思っていたんですけど、その音楽の世界に飛び込むきっかけを作っていただいたのはその先生です。 -それはすごく出会いですね。今もゴスペルはずっとされていたんですか。 末永様:いいえ、中学生になってやめてしまったんですけど、ゴスペルをやっている間にミュージカルをはじめまして、小学校2年生の終わりか3年生の始まるぐらいにミュージカルを始めました。そこで出会った友人に「ミュージカルスクールに通ってみない?」と声をかけてもらって、ミュージカルスクールのオーディションを受けて、スクールに通いだしたんですけど、そこで出会った先生がまたすごく素敵な先生で、最初に行ったところは先生がやめてしまったんですけど、私はその先生がすごく大好きだったので、先生についていきたいと思って、その先生が立ち上げたミュージカルスクールに小学校5年生ぐらいからずっと通っています。今もそこでレッスンを受けながら、現在は劇団RKXにも所属して舞台活動等をさせていただいています。 -ではもう舞台に立たれていらっしゃって、ずっと歌とか踊りとかを幼い頃からされていらしたということだったんですね。 末永様:そうですね。 -今回バークリーにトビタテでいこうということでしたが、それは何かきっかけがあったんですか。 末永様:はい。面白いと思ったのは、今通っている学校が国際学校なので、そういう情報がすごく入ってくるんです。私の友人でバレエをやっている子がいて、同級生の友達なんですけど、その子がトビタテの1期生で、去年ニューヨークにトビタテ生として行った話をずっと聞いていたんです。私は自分がやりたいことを、夢ノートというものに書いていて、その夢ノートに「高校3年生で卒業するまでに留学を1回する」と書いていて、それで行くなら今しかないと思っていた時に、ちょうどトビタテの話を聞いたので、じゃあ2期生で応募しようと思ったのがきっかけです。 -そこにバークリーを選択肢に入れられたきっかけはあったんでしょうか。 末永様:私がバークリーを選択肢に入れたのは、音楽留学でインターネット上でいろいろ探していたときに、バークリーの5週間のプログラムが出てきて、これだと直感したことが始まりでした。 -バークリーって、多分実際にされたのでお分かりかと思うんですけど、準備がすごく大変じゃないですか。 末永様:準備は予想外の多さで大変でした。1人では絶対にできなかったなと思っています。いろいろお力をいただいてありがとうございました。 -いえいえ。私はあのとき、「急いで下さい」しか言っていなかったので申し訳なかったです。無事に渡航していただけて、本当に良かったです。実際に向こうに行かれていた参加者と言うのは、どれぐらいの人数でしたか。 末永様:今年はすごく多かったみたいで、1000人はいたと思います。BPCと言うバークリーのパフォーマンスセンターがあるんですけど、そこがパンパンになるぐらい入っていたので。 -ちなみにどういった方が参加されていましたか。 末永様:大学生の方もいましたし、日本人の方も結構いらっしゃいました。大人の日本人の女性が2名と大学生の男女の1名ずつ、高校3年生が私を含めて4人と、16の男の子が1人いました。もっと日本人がいないものかなと思っていたんですが、意外と多かったです。 -その人たちとは初日に知り合いになったと言う感じですか。 末永様:そうですね。でも人が本当に多くて、飛行機が着く時間によってもチェックインの時間が違ったりするので、アンドビジョンで一緒に行かせていただいた方とは同じ送迎の車だったので、そのときに仲良くなって、もう2人の女の子とはその日に一緒にご飯を食べに行ったりして仲良くなりしました。 -最初のオリエンテーションが4日間ぐらいあると言うお話を聞いたんですけど、実際4日間もかけて何をするのかというのをぜひお伺いしたいです。 末永様:宿泊先にチェックインした次の日に生徒証明のカードを作らないといけなくて、その生徒証明のカードにお金が組み込まれているんですよ。だから、それを見せて毎日朝昼晩とご飯を食べる感じなんですね。最初に写真を撮ったりとかして、外に出たらインタビュアーみたいな人がいたりして、「なんで来たんですか」と聞かれたりして面白かったです。2日目がクラス分けのレベルチェックオーディションだったと思います。 -オーディションは、どんな感じでやっていくんですか。 末永様:ボーカリストやピアニストなどのグループごとに分けてのオーディションなんですけど、時間ごとにそれが分けられていて、個別にメールが届くんですよ。そこにいて廊下に座り込んでいて、自分でサインする紙がドアの前に貼ってあるので、そこに自分の名前を書いて呼ばれるまでそこで待っていました。 -そうなんですね。ちなみに末永さんは、ジャンルは何を選ばれたんですか。 末永様:私は「ポップス・R&B」でした。 -このクラスのボーカルは、どのぐらいの人がオーディションを受けていたんですか。 末永様:ボーカリストが今回すごく多かったみたいです。アンサンブルの授業があって、その授業で私はポップ&R&Bのアンサンブルの授業をだったんですけど、ボーカリストが6人いて、なんだこれはと思いました。1人ワンフレーズずつぐらいしかソロがないみたいな状態でした。 -では結構オーディションのスケジュールはタイトだったんですね。 末永様:タイトでしたね。私は先に実技をして筆記だったんですが、筆記は楽譜の基礎の読むものとコードやリズム、聴音などもありました。私も音楽理論に関しては全く知識がない状態で行っていたので、どうしよう思っていたんですけど、最初のページぐらいは割と基本のもので、この音符はどれが正しいかみたいな問題でした。音を聞いて4つある譜面からこの音にマッチするのはどの楽譜かを選んだり、そういう問題が出ました。 -それは何レベルぐらいに分けられるんですかね。 末永様:実技のほうはABCD評価でした。その評価ごとにメンバーが振り分けられて、自分と同じレベルの人と実技の歌の授業を一緒にするみたいな感じでした。ABCDでAが一番いいかと思いきや、Dが一番いいと言うことでした。筆記などの音楽理論のレベルは1234と数字で表されていましたね。音楽理論の授業も、音符を勉強する理論の授業と調音、ソルフェージュの授業とかで分かれていて面白かったです。 -語学的なところで難しさは感じなかったですか。 末永様:語学はほとんど大丈夫でした。国際系の学校だったこともあるんですけど、私は発音がいいらしく、文法がなんとなくでも、理解してもらいやすかったみたいです。すごくしどろもどろな文法でものを伝えていても、先生も「ああ、分かった分かった」みたいな感じで言ってくれました。先生も優しい先生が多かったですね。 -レッスンと言うのはどれぐらいの先生に教えてもらいましたか。 末永様:1クラスに必ず1人は先生がいました。しかも私の場合は全員違う先生で、教科担任制みたいなかたちでした。プライベートレッスンなどもあって、1週間に30分なんですけど、1人必ず変わらない先生がついていました。面白かったのが、私がすごく教わりたいと思っていた先生がいたんです。教授の方だったんですけど、たまに学校で見かける先生で、でも私が話しかけてもいいのかなみたいなレベルの先生だったんです。どうしようと思っていたんですけど、その先生は私のオーディションを見てくれていた先生で、そのときにすごく褒めてくださって、数回会ったときに勇気を振り絞ってFacebookを聞いてみたんですよ。そしたら「いいよ」と言われて、このまま勇気を出して「すみません、レッスンしてください」とアタックするかのように長文を英文で送ってみたら、あっさりと「いいよ」と言われて、最終日の1週間前に1回だけレッスンをしてもらえました。また、「日本にも来るから、日本に来るときは教えてあげる」と言ってくれました。 -すごい!ちなみにその先生は行く前から気になっていた先生だったんですか。 末永様:いえ。全く知らなくて、オーディションを見て頂いて知りました。講師紹介で、みんなが集まって先生のパフォーマンスを見るというのがあったんですけど、そのときにその先生が出てきて、度肝を抜かれるような歌を披露してくださいました。この先生はすごいと思いましたね。コンサートをしに時々日本に来ると言っていました。 -ちなみに現地のレッスンの取り方は、最初にスケジュールで決まってくる感じなんですか。それとも毎週決まってくる感じなんですか。 末永様:毎週月火水木金と時間割が決まっていて、タイムスケジュールとかもちゃんと出されるんですよ。この時間はこの授業、この時間はこの授業と決まっていました。オーディションを受けた次の日の朝自分で取りに行ってクラス発表、みたいな感じでした。 -今回、宿泊には学生寮を使われたと思うんですが、どうでしたか。 末永様:バークリーには寮が3つぐらいあって、18歳以上は門限がなく、男女一緒の建物だったそうです。17歳までは男子寮と女子寮がそれぞれあって、門限の23時半までにちゃんと帰らないといけなくて、チェックインがあったので結構大変でした。でも、寮の中であれば友達に会ったりしても大丈夫だったので楽しかったです。その門限を3、4回オーバーすると親に連絡されて、最後は帰れと言われてしまうんです。 -そんな人はいましたか。 末永様:門限を過ぎて帰れと言われたのは聞いていないんですね、さすがに(笑)私の寮はホテルみたいなところで、本当にきれいだったんですよ。やっぱり未成年というか若者には優しかったですね。一番新しい建物で本当にきれいでした。あとテーブルライトと扇風機がいるかもしれないと聞いていたので、そんなに古いのかと思っていたんですけど、私が泊まった寮はクーラーが付いていて、廊下にもクーラーがありました。クーラーが寒すぎて耐えられずにトレーナーを買うぐらいでした。 -ちなみにセキュリティーとかはどうでしたか。 末永様:セキュリティーはしっかりしていました。さっき話したカードでピッとすると、警備員さんのところで自分の顔が表示されるので、それでチェックされていましたね。だから友達が私のように来て入ろうとしても入れないと言うことがありました。 -周りの音とかはどうでしたか。その寮の中は練習ができるような感じだったんですか。 末永様:寮の中にも外にも練習室がありました。私の寮はフロアの4階が全部プラクティスルームなっていて、いろんな楽器が置いてありました。みんな夜中まで練習をしていましたよ。 -すごく充実していますね。 末永様:私が泊まっていた寮の目の前には、ピアノとドラムの専用の練習室があったりしました。練習室の多さに関してはすごく充実していてすごいなと思いました。それでも、夜になると皆が練習室に来るので廊下で部屋が空くのを待っている人もいましたね。私の寮は本当に他との差があり過ぎました。そこにはカフェも隣接していて、朝起きてエレベーターに乗って1階に降りたらすぐカフェテリアに行けるみたいな感じでした。初日に部屋の鍵とカードをもらって必ずそれをもって行動しないといけないと言う感じでした。 -それと、結構皆さんが気にされているのがお食事のことなんですが、学生寮で出る食事や学校の外で食べた食事はどんなものでしたか。 末永様:学校の中で食べる食事はビュフェ形式なんですよ。食事は思っていたよりおいしかったです。でも味や量に慣れなかったので最初の2週間はあんまり食べられなかったです。味が濃くて炭水化物ばかりなので、チーズバーガーとパスタとチキンナゲットとみたいな感じで、小麦小麦小麦でした。最後の方になると結構食べれるようにもなるのですが、少しずつ飽きてきちゃいましたね(笑) -実際体格が良くなって帰ってきた人とか、いなかったですか。 末永様:私はよくなりましたね。甘い物が好きなので甘いものを食べてしまいました。デザート系も日替わりで変わるので試したくなって、お気に入りのものが出てくるとみんなで食べていました。でもものによって美味しい、美味しくないの差が激しかったです。ベジタリアン用のチキンナゲットなどもちゃんとあって、中身が何なのか分からないですけど、多分大豆をすりつぶしたようなものでした。 -チェックアウトはどういう感じだったんですか。 末永様:チェックアウトは、チェックアウトと言う感じではなくて、建物に入るためのカードは返さなくて良かったので、今でも私はカードを持っています。後は初めにもらった自分の個室の鍵だけ返すみたいな感じでしたね。 -それはすごくスムーズですね。 末永様:本当にスムーズでした。だから最終日は友達の家にパーティーをしに行きました。本当に楽しくて、向こうに行ったときにホームシックにならなかったんです。 -向こうの街の様子や学校以外で楽しかったことはありますか。 末永様:いろんなところに行きました。私たちが行ってちょうど3週間目の金土日にニューポートジャズフェスティバルがやっていて、それにみんなで行こうと言うことになったんですけど、行くのに2、3時間かかるんですよ。土曜日に大学入学希望者の為のスカラーシップのオーディションもあったので、日曜日のフェスティバルを見に行きました。本当に大きい野外フェスティバルで、お店とかも出ていて本当に面白かったです。行けなかったんですけど、金曜日はノラ・ジョーンズとかが来ていたそうです。他にも本当にすごい人がいっぱい来ていて、運がよければ写真を撮ってサインをもらえます。あとは、ボストンのバークリー付近というか、ちょっと電車に乗らないといけないんですけど、クインシーマーケットが楽しかったです。食べ物とかの店がたくさん並んでいて、クラムチャウダーとかフルーツジュースとかがありました。お買い物とか観光をするための場所と言う感じでした。観光客の方も多く、海も近かったのですごく楽しかったです。夜にみんなでご飯を食べ終わって、帰ろうかといったときに時計台が近くにあって、それがきれいにライトアップされていて、それを見ながら皆で話したりしていました。 -本当に変えがたい経験ですね。向こうのライブなども、ボストンなどに聞きに行ったりされましたか。 末永様:バークリーの近くに1つジャズハウスがあって、ドリンク代の400円だけで入れるところがありました。そこはプロの人が演奏すると言うよりも、ジャズなのでみんなが楽器を持ってきてセッションをすると言う感じでした。だから練習したい学生とかがやっているジャズハウスと言う感じでした。 -日本にいる間はそういうのに通ったことはありましたか。 末永様:なかったんですよ。向こうに行ってセッションがまず何か知らなくて、私の友達がファンクフュージョンとジャズをやっていて、教えてもらいながら聞いていました。17時ぐらいからずっとやっているようで、「学生だから21時には帰れ」と言って追い出されてしまうんですけど、ライブをちゃんとやっているときもあれば、セッションのときもあって、セッションのときはやりたい人が「私がやる」みたいな感じで出て行って、みんなで曲を相談し合って始まって、1、2曲やってバトンタッチみたいなかたちでした。 -末永さんは出られなかったんですか。 末永様:私も出たいなと思ったんですけど、ジャズが全く分からなかったので、とりあえず見て勉強しようと思っていました。このプログラム後に行ったNYでは歌の先生に「歌ってみたいんです」と相談したら、「ここのカフェでオープンマイクをやっているよ」と教えてもらって行ったんですけど、日本人がいきなり来たみたいな感じになったんです。でも「よく来てくれたね」と歓迎してくれて喜んでもらえました。カラオケも伴奏もなかったのでアカペラで2曲ほど歌ったんですけど、パフォーマンスも納得のいくものができました。もちろん、バークリーでもスーパージャムセッションと言うイベントがあって、自分たちでセッションをするメンバーを探して、1、2曲、5分以内でやるみたいな感じなんですけど、そういうイベントもあったので、結構歌う機会は学校でも多かったです。私が受けたボーカルのクラスでは、毎週先生から「何年から何年代の曲を1曲選んで来週歌ってね」と言われていました。バークリーの図書館に楽譜があって、タダで印刷ができたので、ほしい楽譜を印刷して練習したり、日本にも持って帰りました。発表は印刷してきた楽譜を専属のピアノの先生に渡して、自分でテンポも伝えて歌い出して、それを皆に聞いてもらって先生からアドバイスをもらうと言う感じでした。 -実際にアドバイスを受けてみて、日本でもミュージカルをされているのでボーカルレッスンみたいなものもあると思うんですけど、違うなと思ったポイントありますか。 末永様:結構人の歌を聴いたりする機会が多くて、知らない曲を知る機会がたくさんありました。あとは今まで日本で習わなかったやり方とかもすごく教えてもらいました。例えば「フェイクをするときに、どういうふうに細かいところをやっているんですか」と先生に聞いたら、「私は楽譜にフェイクで細かい音を全部書き出しているよ」と実際に紙を見せて教えて下さいました。後は発声方法も英語と日本語で全然違うみたいで、ちょっとずつ変わってくるんだなと思いました。また先生によってアドバイスや教え方も違いましたね。 -改めて全般を振り返ってみて困ったことはありませんでしたか。 末永様:あんまり困ったことはなかったと思いますね。寮の門限が厳しいのが結構大変で、「18歳はいいな」と友達と話していました。友達もいて自由なので、みんなで夜まで話していたりとか、友達同士でセッションとかをしていたりしていたので、時間を気にしていないといけないのが大変だったんですけど、寮の入り口の椅子とかで喋っていたりしました。最初はカフェテリアに談話コーナーがあったので、そこで夜中までみんなでしゃべっていたりしたんですけど、最終日になると皆がそこを使うようになってきて、ばれてしまって強制送還されました(笑) -音楽的な意味で、今後日本での活動はどういったことをされていく予定ですか? 末永様:大学に入った後もう一度行って実力試しをしたいなと思っています。今回バークリーに行って一番良かったなと思ったのは、人のつながりがすごく増えたことです。自分が知らないことを教えてくれる友人に出会うことができて、長崎や熊本、大阪、名古屋と全国バラバラだったんですけど、今でも連絡をとっています。今回は特に日本人の仲が良かったみたいで、4週間、5週間の仲とは思えないぐらい仲良くなっていました。お姉さんやお兄さんも優しくて、素敵な出会いに恵まれたなと思っています。帰国してから向こうで仲良くなった友達と大阪で会ったりもしました。私は「アメリカに向いているよ」と言われました。自分でも向こうに行ってアメリカに向いていると思っていたので、多分キャラが合っているんだと思います。普通にアメリカに住めるなと思いました。留学中も、日本に戻りたいとあまり思わなくて、こっちに帰ってきてから「アメリカに戻りたいな」と少しの間なっていました。 -ちなみに、高校を卒業した後は海外で進学を考えているんですか。 末永様:今、日本の大学への入学が仮決定になっていて、後は面接だけという感じです。その大学を卒業してから、海外への進学するかなどはまだ決めていませんがが将来の夢は「1人でも多くの人に何かを届けられるシンガーになること」なので、今はその夢に向かって目の前にあることをコツコツと全力で頑張って、今回の留学のように新しい挑戦をしていこうと思っています。 -良いですね! 末永様:それと、来月にライブハウスでのライブが入っていて、11月に和歌山の小学校で行われるパフォーマンスがあって、書道家の方とコラボをさせていただくことになっています。この書道家の方は私の学校の書道の先生で、いろんなところに書を提供されている先生なんです。私の歌を聞いたときにすごく感動してくれて、「今度こういうイベントをするから歌わないか」と声をかけてくださって、そこからつながっています。(※本インタビューは10月に実施されました) -それはもう、生徒と先生と言うよりは、表現者同士のやりとりですよね。 末永様:そうやって声をかけて頂けることは嬉しいですね。向こうに行ったときに私の周りの友達が本当にいろんな活動していて、私は今までミュージカル畑で育ってきたので、大きい舞台にしか立ったことがなく、ライブハウスで歌うとかいろんなバンドの人と歌うと言う機会が本当になかったので、こういう活動もしたほうがいいのかなと思って、日本に帰ってきてたまたま募集していたライブハウスを見つけて、行ってみようと思いました。せっかくアメリカに行ったし、早く発表できる場所に行きたいなと思ってライブハウスに行ってみようと思って行ったのが10月です。後は12月に舞台の発表会があります。私の劇団は、スクールと劇団が分かれているんです。今回の発表会はミュージカルスクールの発表会なんです。私はスクールにも行っていて、それは中学三年生以上のお姉さんクラスのメンバーが制作のお手伝いをさせて頂いたりもしています。 -なんか話を聞いていると、末永さんは今後すごいことになりそうですね。 末永様:それは向こうの先生にも言われました。「ライブハウスに歌いに行きました」と言ったら、「2時間前に教えた知らない場所にまさか行くとは思っていなかった」と言われました。歌える場所があったら歌いに行きたいと言う感じですね。Twitterとかでも告知をしているので、「末永かりん」で調べたら多分出てくると思います。バークリーのスーパージャムセッションで歌わせていただいたときの動画も載せています。 -おー!ありがとうございます。拝見させていただきます。 末永様:アメリカに行って自分が歌っているものを載せるようになりました。アメリカでは皆さん載せている方が多くて、みんなめっちゃ載せていると思って自分も載せるようになりました。 -確かに日本ではあまりないかもしれないですね。 末永様:アメリカに行って、自分のしている活動を発信していくならやっぱり載せるということは大事なことなんだなと思いました。 -最後に、これからバークリーを志す方に、ぜひアドバイスを一言お願いしてもよろしいでしょうか。 末永様:音楽を単純に楽しみたいと思って行くなら、本当に気楽に行って大丈夫だと思います。向こうに行っても、気持ちの持ちようはただ単に音楽を楽しみたいと言う気持ちでいたらいいと思うんですけど、もしプロ目指すのであれば、やっぱり一つ一つの授業が自分にとって糧になると思いますし、周りと接することがすごく大事だと思います。自分が知らないことを周りから教えてもらえる環境が広がりましたし、私自身すごく楽しかったので、周りと音楽の話を常にできる環境とか、自分の周りに常に音楽がある環境と言うのを、思いっきり楽しんでもらえたらいいのかなと思いますね。初めは新しい環境に不安もあったんですけど、音楽と関わっているとやっぱり楽しいです。自分が想像している以上に学べることがたくさんあって、出会いと充実感があって、自分よりもすごい人目の当たりにすることもあるので悔しい思いもたくさんしたんですけど、でもそれがまた糧になりました。 -出会いにも恵まれていたんですね。 末永様:同じボーカリストだからこそすごく悔しいなと思うところがあって、同い年の人でなんでこんなに歌えるんだ、自分が今までやってきたことは何だったんだろうと、自分が今までやってきたことを見直すきっかけにもなりましたし、やっている楽器は違うけど音楽に取り組む姿勢とか、日本での活動とかを見て全然私はまだまだだなと実感して、何をしていかないといけないのかとか、音楽に対しての向き合い方がすごく変わったと思います。R&Bとかも自分が知っている曲数がまだまだ少ないと言うことに気づきました。本当に音楽に対する向き合う姿勢がすごく変わったと自分でも実感しているので、向こうに行っているときもすごく充実していたんですけど、こっちに帰ってきてからも、今すごく充実していますね。だから本当に行って良かったなと毎日のように思っています。 -私もその言葉を頂けて、とてもうれしいです。向こうで完結するのではなく、持ち帰ってしっかりとされていらっしゃるから素晴らしいなと思いました。 末永様:それは向こうでの悔しさやいろんな思いがバネになっているんだろうなと思います。将来こうしたいということのために何が必要なんだろうと考えて、これが自分に足りていないとか、そんな発見と気づきがすごく多かったです。意識をすればするほどそのアンテナは変わってくるんだなと思いました。だからすごくいいタイミングで行けたんだなと思っています。 -今日は本当に勉強になりました。お忙しいところ本当にありがとうございました。 末永様:こちらこそ、ありがとうございました。 -^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^ ご出演情報 ■新春ヴォーカラNIGHT 日時:2017.01.06(FRI)OPEN:18:00 START:18:30 場所:心斎橋ヒルズパン工場・ライブハウス    大阪市西区北堀江1-3-17 HORIE HILLS B2F(地下鉄四ツ橋駅・心斎橋駅すぐ) TICKET:¥2,000(前売り&当日共、ドリンク代金¥500別途要) 出演:末永かりん、他8名 ♪♪末永かりんさんのTwitterはこちら♪♪ https://twitter.com/ka_ri_n1 -^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^

遠又雅子さん/声楽/中嶋彰子・アンドビジョン特別プログラム/ウィーン

遠又雅子さん プロフィール名古屋芸術大学音楽学部音楽教育学科卒業。 卒業演奏会にピアノ・声楽の両方に選抜される。 同大学研究生ピアノ専攻修了。 学内・各種演奏会に出演。 イタリアにて短期研修。 公益財団法人 日本オペラ振興会マスタークラス修了。 オペラ・各種コンサートに出演 -最初に簡単な自己紹介ということで、ご経歴を教えていただいてもよろしいですか。 遠又様:音大を出たあとに、大学の研究生として1年間ピアノ専攻で残っていました。大学は教育専攻で学校の先生になりたかったんですが、1年間ピアノ専攻で残って、そのあとに藤原歌劇団の研究生をしていました。 -教育科の時は声楽がご専門だったんですか。 遠又様:歌とピアノと両方専攻でした。 -藤原歌劇団は今も続けていますか。 遠又様:今は全然。それが終わったあとは、オーディションを受けたり自分でコンサートをしたりしています。 -そういう方って多いんですか。教育専攻の方って皆さん先生になれるイメージがあるんですが。 遠又様:私の学年はどちらかというと歌をやりたいという方が多かったと思うんですが、割と両方できる人が多かったです。 -これまでに講習会や海外の先生のレッスンは受けていらっしゃいましたか。 遠又様:特にないんですけど、藤原の研究生のときにイタリア研修というのがあって、朝から晩まで個人レッスンとかオペラアンサンブルの授業とか、オペラの演技だけのレッスンがありました。イタリアのミラノのロンガ村というところに研修施設があるんですけど。 -合宿のような感じですか。 遠又様:そうですね。お城を改造したような感じで、研修ができる施設のようなものです。 -それはイタリアの先生が指導してくれるんですか。 遠又様:はい。 -じゃあみっちりと行っていらしたわけですね。日本ではそういったマスタークラスというのは? 遠又様:受けたことはないんですけど、海外の先生が日本に来たときにちょっとレッスンを見てもらうということは何回かありました。 -今回日本の先生だったので、海外の先生というのとまたちょっと違うのかもしれないですけど、そういったことに抵抗はなかったですか。 遠又様:全然ないですね。中嶋彰子先生は、日本人のようで日本人ではない感性の方という認識がありましたし、どうしても彰子先生に習ってみたかったです。 -今回最初から中嶋先生ということで、去年かその前ぐらいからおっしゃっていたんですけど、中嶋先生とおっしゃっていたのはどういうきっかけがあったんですか。 遠又様:やっぱりずっと憧れの歌手の方でしたので、先生の演奏会で結構日本国内はあちこち聴きに行っていたので。素晴らしい歌手の方はいっぱいいると思うんですけど、その中でも琴線に触れるというか、同じような歌手の方っていっぱいいますけど、個性的でミステリアスな歌手だなと思って。このマスタークラスがあるということを知ったので、いつか聴いていただいてアドバイスをいただけたらなと思っていました。 -ではもともと顔見知りという感じではなかったんですかね。 遠又様:演奏会に行って、終演後に声をかけていただくとか、先生の主催のレクチャーとかそういったものを東京でやっていたので、それに参加したりしていました。 -では中嶋先生に対していろいろと熱心に聞いたりとか受けたりというのは、もともとあったわけなんですね。今回受けてみられて、全体的な感想としてはどうでしたか。 遠又様:ウィーンでのレッスンは初日から初対面というわけではなかったんですけど、海外での先生の国際的なキャリアが長くて、世界でご活躍されている現役アーティストなので、厳しい方なのかなと思ってちょっと構えたりしていたんですが、明るくおおらかな感じで終始なごやかな感じで進んだと思います。 -緊張感でピリピリという感じではなく? 遠又様:私個人的には最初はすごく緊張していたんですけど、ピリピリという感じは全くなかったです。 -先生は他にどんな特徴がありましたか。どんなレッスンをしてくださいましたか。 遠又様:シューマンの女の愛と生涯 全8曲通して聞いていただいて、そのあとに少しコメントをいただいて、自分の体の楽器とか声帯について事細かに教えていただいたという感じですね。 -では歌う技術というか外に見えているものだけではなく、深いところまでということですね。他の今までの先生方もそういう感じだったんですか。 遠又様:いままでの先生は、なんとなく聞いてイメージするという感じだったので、逆に今回が的確に、明確にという感じだったので、奥まった感じのお話が聞けてすごく良かったと思います。 -これからもそれを生かしていけるような感じなんですね。今回レッスンは全部で3回でしたか。 遠又様:3日間で計5時間のレッスンでした。初日が1時間で、2、3日目が2時間でした。 -声楽のレッスンは割と短い先生が多いと思うんですが、その辺は大丈夫でしたか。 遠又様:大丈夫でしたね。普段から大体1時間半から2時間ぐらいのレッスンを受けているので、時間的には問題ないです。色々発見があったので、もっと受けたい!と思いました。 -進め方というのは毎回同じような感じでしたか。 遠又様:そうですね。体のことや自分の舌が硬いという指摘を受けて、自分でも自覚はあったんですけど、それは何故なのか、今どういう状況だからどうなのかというのを繰り返し受けました。あとはドイツ語の発音について事細かに教えてもらいました。 -それはできるようになりましたか。 遠又様:すぐできるものと、やっぱり時間がかかるものがありますね。でも意識は変わりました。 -やっぱり先生に教えてもらうのと教えてもらわないのは大きく違いますか。 遠又様:違いますね。やっぱりウィーンに行く前にもうちょっと、日本でドイツ人の先生にみてもらったんですけど、時間が足りなくてうわべだけだったかなというのがありました。実際にウィーンに行ってちゃんと先生に細かく教えてもらって明らかに変わった感じがしました。 -日本で習っていたドイツ人の方というのは声楽の方ですか。 遠又様:いえ、全く関係のない語学教室の先生です。 -そうすると、歌の場合と発音が違うということはありますか。 遠又様:実際あると思います。 -通訳は、今回先生が日本人の方だったのでなかったんですね。 遠又様:そうですね。やっぱり中嶋彰子先生は国際的なキャリアが長い方なので、私の友達の友達が宮崎で彰子先生のマスタークラスがあって、それを受けたときに、質疑応答を自分の好きな語学で、と言われたらしいんです。その話を聞いていたので、レッスンはドイツ語なり英語なりでくるのかなと思って緊張していたんですけど、私ができなかったので日本語でしてくださいました。 -突然ドイツ語になったり、ということはなかったですか。 遠又様:所々、単語単語でありました。 -それは普通に声楽の方だったらわかる言葉だったりするんですか。 遠又様:わかることもあればわからなかったこともありましたね。 -そこは先生がちゃんと教えてくださったんですね。そうすると日本人の生徒さんでも、日本語でない言語で質疑応答したりということも先生はいつもなさっていたりするんですかね。 遠又様:そうですね。日本語じゃないときの方が多々ありそうです。 -その他何か教わったことで印象に残っていることはありますか。 遠又様:やっぱり歌を歌うだけではなくて、自分の体を観察することや歌っているときに今自分が今どういう状況にあるのか、歌っている自分と別の自分がいて、常に観察することを教わりました。歌っている自分を冷静な自分が見て今ここに力が入っているなとか、じゃあどうするかとか。力が入っている時は抜いてあげなきゃとか。言葉にするのが難しいんですけど。 -それを先生がこういうふうにしなさい、と教えてくれたんですね。レッスンを受けた前と受けたあとだと、冷静に見られるようになった部分はありますか。 遠又様:多少はありますね。やっぱりできない時というのは一生懸命になりすぎているので、アップアップしてきてしまうんですけど、冷静に素に戻すイメージです。 -その辺が先生から教わったことで、印象に残っていることですね。 遠又様:あとはやっぱり腹式呼吸のことで、舌の位置があるべきところにあるかどうかということですね。どうしても舌が硬いので奥に入ってしまったりするんですけど、それを入れないと自分に言い聞かせるということとか、自分の体楽器なので、バケツに穴が開いていてはいけない、とよく先生がおっしゃっていたんですけど、やっぱり空気がムダ漏れていってしまって。じゃあ何をしたらいいのか、どんどん自分の状態を見てそれを分析していってあげるということが大切と言われました。 -穴が開いているというのはどういう状態なんですか。 遠又様:結局息が漏れるとか無駄なことをしている状態ですね。あとは声という楽器を育てるのに響きの良い楽器にすることと、それとは別に音域を伸ばしてあげるという勉強を分けてやることで、結構伸びていくとおっしゃっていましたね。音域を伸ばす練習と体の使い方を分けるということですね。違う練習の方法があると思います。一緒にしちゃうとダメだと言われたことが新しい発見でした。日本だと私だけではなく、いろんな人が一緒にしていると思うんですけど。それと別にプラス語学の勉強と、最後にアーティスティックな表現の勉強を分けてやることが必要であると言われていました。以外とピアノの人から見ると、歌の人というのは単旋律だから譜読みも楽でいいわね、と言われちゃうんですけど、本当にやることはいろいろあります。 -そうですよね。音だけじゃなくて言葉もありますよね。ではその辺が中嶋先生から習った、他の先生にはなかった新しい部分だったんですね。今もその方法でいろいろと練習をなさって変わりましたか。 遠又様:変化を感じることができて楽しいですね。やっぱり時間はかかりますけど、帰国して家で練習していても、家族が聴いていて変わったと言いますし、自分でもすごく実感がありました。まだまだ全然ですけど、ちょっと意識を持つだけでも声というのは全然変わるんだなと思いました。 -これから楽しみですね。 遠又様:日によって精神状態や体の状態もあるので、もちろん調子のいい時と悪い時もあるんですけど。 -体が楽器というのはそういうことですよね。練習は今回練習室でなさっていましたが、練習室はどうしでしたか。 遠又様:練習室は天井が高いので、響く感じですごく歌いやすかったです。練習室に行く前にピアノが展示してあって、常に調律をしているような感じなので、逆に音が漏れては申し訳ないと思ったんですけど、だんだん気にならなくなりました。入れ替わり立ち替わり他の方も練習をしていました。 -今回練習室は何時間ぐらいありましたか。 遠又様:1日2時間練習できました。 -レッスンや練習以外の時間は何をなさっていましたか。 遠又様:基本的にはレッスンが終わるまではちょっと落ち着かなかったので、カフェに行って楽譜を見たりとかしていました。もちろんちょこちょこ観光をしたり美術館とかに入ったりはしていたんですが、どこかで歌のことが気になっている感じでした。レッスンが始まってからは先生から明日までにこれを考えてきてね、自分の体がどうだったのか明日教えてね、と課題を言われたり、そういうことを考えたりしていましたね。ホテルで考えていると詰まってくるので、公園でブラブラして考えたりしていました。レッスンが終わってからは結構あちこちに行くことができました。 -気候的にはどうでしたか。 遠又様:割りと過ごしやすかったと思います。夜はちょっと冷えたりしてコートを着たりしましたけど、そんなに特別寒いわけでもなくすごく過ごしやすかったです。寒くて体を壊すということも全くなかったです。行く前に風邪をひいてしまい、気管支炎になってしまって、出国する前の日に全然咳が止まらなかったんです。超世界的ソプラノ歌手のレッスンを目前に・・・・・。 病院に行ってから出国して、レッスンがだんだん近づくにつれて、やっぱり気持ち的にもそっちに意識が行くので、だんだん治まってきまして、ど根性でギリギリ治しました。 -街の様子はどうでしたか。 遠又様:やっぱりウィーンは素敵な街でした。あと人はみんな優しいですね。常に声をかけてもらったというか、スーツケースをひいているとホテルはどこなの?と聞いてくれて、ヒルトンです、と言ったら、あっちに行くんだよ、と教えてくれました。カフェのお姉さんとかもすごく優しかったですし、治安的にも全然危ないと感じなかったです。 -その時の言語は英語でしたか。 遠又様:話しかけられる時も英語でしたね。そんなに難しい言葉では話してこなかったです。 -町で気になったことや日本と違ってすごいと思われたことはありましたか。 遠又様:やっぱり建物ですね。大きさとか造り方とか、圧巻でした。アジア系だと全然海外に来たという感じがしないですけど、やっぱりヨーロッパに来ると全然違うなという感じですよね。教会の鐘が鳴ったりすると、うわぁーって。 -ウィーンは何回目かでしたか。 遠又様:ウィーンは初めてでした。ヨーロッパは他にイタリアに行きましたが、ウィーンの方が重厚な感じでした。ウィーンにまた行きたいなと思います。次はいつ行こうかと手帳を見て計画しています。 -ウィーン以外に出たりしましたか。 遠又様:レッスンが終わってから帰る2日前ぐらいに、ウィーンの市内を見渡せるカーレンベルクという郊外に、電車とバスで山を登ってきました。葡萄畑とウィーン市内とドナウ川を見渡せるということで行きたいなと思っていたんです。行くまではよかったんですけど、帰りは3時間かけて山を下っていくんですが、ベートーヴェンが遺書を書いた家があると知っていたので、そこも見たいなと思ったんですけど。道を下っていくとちょっと道に迷ってしまって、登山道のような道に入ってしまいました。私はブーツにスカートだったし、水も何も持ってないし、山の奥なのでWi-Fiの電波も弱くてどうしようかと思いました。本当にパニックみたいな感じになって、日本は夜だから電話できないし、ここから大使館に電話する勇気もないと思って。1時間近くうろうろ迷っていると、車道が近かったみたいで車の音が聞こえて、それを頼りに道に出て、ようやくバス停を発見しました。結局ベートーヴェンが遺書を書いた家とかそういうところには行けずに帰ってきました。今だから笑って話せるんですけど。結構冒険好きなのですが、ちょっとハメを外しすぎました。 -そんなところがあるというのは、どこで知ったんですか。 遠又様:本でちょっと下調べしていて、素敵だなと思って。山はもともと好きだったので。 -そこまではウィーンからどれくらいかかりましたか。 遠又様:トータル1時間ぐらいですかね。そこを徒歩で下ってくると3時間かかるという感じです。 -他にもどこか行かれましたか。 遠又様:あとは結局行けなかったんですけど、本当は最初ザルツブルグに行こうと思ったんです。でも日帰りはさすがに厳しいと思って。ザルツブルグは遠いということでリンツに行こうと思ったんですけど、リンツもやっぱり遠いなと思って、メルクに行こうと思いました。メルクまで電車で行って、ドナウ川の舟下りをしようと思って計画を立てていたんですけど、ウィーンの中心に見るところがいっぱいあるので、結局メルクも行かずに帰ってきました。 -市内はどんなところに行かれましたか。 遠又様:市内はやっぱり美術館巡りですかね。あとはシュテファン寺院にほぼ毎日通っていました。モーツァルトのオペラも観に行きましたけど、到着した日の夜だったので時差ぼけで結構きつかったです。 -他にもオペラはご覧になりましたか。 遠又様:彰子先生が活躍されていたフォルクスオーパーに行きました。チケットセンターに行って、急遽窓口で買いました。 -そういうところは大丈夫なんですか。買いに行くが怖いとか。 遠又様:特にないですね。特別語学ができるというわけではないんですけど、逆にやってみたいというか、買えるかどうか試してみたい、どんな感じで買えるんだろうかという興味感覚です笑 -やっぱり冒険好きなんですね。宿泊先は今回ホテルですよね。 遠又様:ヒルトンとホテルクンマーというホテルなんですけど、最初にクンマーに3泊して、残りの7日間をヒルトンで過ごしました。ホテルはクンマーのほうがやっぱりウィーンらしい建物で、1800年代に建てられたホテルなので歴史がある感じで、重厚な感じでした。ヒルトンはアメリカンスタイルで新しい感じでしたね。部屋はそんなに広くなかったんですけど、やっぱりクーマーのほうが雰囲気が良かったです。特別豪華な部屋じゃないんですけど、寝室と別にクローゼットの部屋があって、そのクローゼットが結構重厚な感じでしたね。お風呂の使い方が難しく、日本と違って、シャワーを出し方がわからなくて、髪を洗うのも結局蛇口のところで洗いました笑。次の日もう一度ガチャガチャやっていると何とかシャワーを使うことができました。もう一度今やれ、と言われたらちょっと無理かもしれません笑 -そういうところも古い造りなのかもしれませんね。 遠又様:ウィーンはみんなそういう造りなのかもしれませんね。 -ヒルトンはどうでしたか。 遠又様:シャワーは普通に出ましたね。 -お湯が途中で出なくなったりしませんでしたか。 遠又様:それは両方ともなかったですね。 -古いとは言えちゃんとしたところなんですね。今回、レッスン会場はどちらだったんですか。 遠又様:先生が勤めていらっしゃる大学だったんですけど、シュテファン寺院のすぐそばでした。レッスン期間中はヒルトンにいたんですけど、ヒルトンから歩いていける距離です。レッスンの行きは電車に乗ったりしましたけど、帰りはちょっとほっとして歩いて帰りました。歩くとホテルまで15分かからないぐらいで、電車では地下鉄で2駅でした。 -では基本的には、電車に乗ったのは他のところに行く時に乗った感じですか。 遠又様:でも基本的にはあまり電車に乗らなくてもいけるのかな、という感じでした。3日間のフリーパスとかを使っていたりしたんですけど、あんまり必要なかったかなと思います。郊外に行く時にバスや電車に乗るとなるとあったほうがいいかなと思ったんですけど。全期間のフリーパスを買っていましたが、普段の生活には必要なかったのかなと思います。ウィーンカードというのがあって、フリーパスと美術館のとかの入場割引みたいなのがついたものを、空港に着いたときに買ったんですけど、結局その存在を忘れていて。普通にチケットを買って入ってしまいました。 -どれぐらい割引になるんですか。 遠又様:そんなにトータルで見ると、あまりお得ではないと書いてありました。 -ホテルでのお食事は朝ご飯だけだったんですね。その他はどうなさっていたんですか。 遠又様:お昼は、最初慣れなかった時はパンとサラダを買って部屋で食べたりしていたんですけど、やっぱり向こうのものは一つが大きいので、食べきれなくてそれをまた夜に食べるという繰り返だったんですけど、やっぱりだんだん慣れてくると欲が出てきて、せっかく来たからあそこのやつを食べたいと思って、中盤ぐらいから一人でレストランに行ったりとかしていました。 -ウィーンっぽいものって召し上がりましたか。 遠又様:シュニッツェルですね。量が多かったので、頑張れば食べ切れたと思うんですが、残してしまいました。ジャムをみたいなものつけて食べるシュニッツェルがすごく絶品でした。あとはイタリアンレストランに行って、普通のイタリアのパスタとワインを。ワインは普段は飲めないんですけど、せっかくだからと思ってお勧めのワインを飲みました。 -ウィーンはどんなお料理屋さんが多いですか。 遠又様:アジア料理やイタリア料理もあったし、あとはカフェが多いという印象でした。スターバックスは一つだけ見ましたが、そういう感じではなく、ちゃんとしたお店という印象でした。オープンテラスのお店もあって、すごく素敵なところだなと思いました。最後の日、先生にシューベルトがよく通ったというレストランに連れて行ってもらって、ターフェルシュピッツという、牛肉を茹でて西洋マスタードを混ぜたようなソースのものをご馳走してもらいました。ウィーンの市内で歩いていけるところにあったんですが、一見さんでは入れないというか、ウィーンっ子しか入れないお店と言っていましたね。 -そのお料理はどうでしたか。 遠又様:それはおいしかったですよ。牛肉を茹でてあるのでとてもヘルシーです。 -いろんなところがあるんですね。シューベルトといったらずいぶん昔ですもんね。外食なさった時は、値段はどうでしたか。日本に比べるとやっぱり高かったですか。 遠又様:高かったかもしれないですね。基本的にはカードで払っていたんですけど、この前明細を見たときにあのシュニッツェルがそんなにしたの?って。あんまり考えないで払ってしまって。たまたまかもしれませんけど。サラダとかを買って食べるというぐらいだと高くなかったと思うんですけど、でも向こうにいる時ってちょっと開放的になっているところがあるので笑 -特に海外の人たちと何か交流したことはありましたか。 遠又様:ほとんどなかったですね。ずっと一人でしたけど全然寂しくなかったです。部屋を掃除してくれるお兄さんやお姉さんと挨拶程度だったり、ヒルトンにあるお水とかを変えるところに多分インド人のおじさんだと思うんですけど、日本語がしゃべれる方だったので、日本人とわかればずっと日本語で喋ってきましたね。 -今回のご留学中に何か困ったこととか、ありましたか。 遠又様:そんなに特に困ったとは感じないんですけど、やっぱり語学は大事だなと思いましたね。必要最低限の英語で、チケットを買うとか注文する時は英語使っていました。私の英語が正しいかどうかわからないんですけど、意思疎通はできました。 -どういうところで語学は必要と思われましたか。 遠又様:やっぱり先生もしきりに語学、語学とおっしゃいますし、やっぱり英語はできて当たり前で、せっかくだからその現地の言葉でちゃんとお店の人ともっといろいろコミュニケーションをしたり、そういうことができたらいいのにな、と思いましたね。 -では次に行くまでまた勉強ですね。 遠又様:行く前から英語は少しレッスンに行けたんですけど、帰ってきてやっぱりドイツ語は大事だと思って、ドイツ語も自分でも勉強して、会話と発音のレッスンにも行くようにしました。今もちょうど行ってきました。東京にいる時も行っていますし静岡にいる時も行っています。だから東京にいる時は結構盛りだくさんで、スケジュールが詰まっています。 -勉強は前より楽しいですか。 遠又様:やっぱり目標があると楽しいですね。 -今回レッスンを受講してよかったなと思える瞬間はありましたか。今回ご留学なさってご自身が変わったとか成長したと思う部分はありますか。 遠又様:やっぱり自分の体の状態を観察するという意識を持てるようになったということです。歌っている時だけではなくて、日常生活の中で自分の舌がどうなっているか常にどこかに意識を持っているというか。先生がよくおっしゃっていたのは、日本人の人は結構気取って話したりとかするんですけど、普段の落ちた感じなのに電話とかだと声が上がったり。そういうのではだめだと言われていました。だから本当にナチュラルにしようと。別に気取っているわけじゃないんですけど、もうちょっと意識して、普通の日々の生活でもせかせかしないで、おおらかにゆったりと構えていることが大事と言われました。 -確かにせかせかしていると声も高くなって早口になったりしますもんね。日本と留学先で大きく違う点を感じた部分はありましたか。 遠又様:やっぱりメイン通りとかで若い人たちが楽器を演奏していたりとか、そういう姿を見るとやっぱり日本じゃないなという感じがしました。オペラが好きというか、オペラだけじゃなくみんな音楽が好きなんだと思うんですけど、私はたまたまホテルザッハーでザッハトルテを食べていた時に、ウィーン国立歌劇場の立ち見席を買い求める人たちの列がすごくって、こんなに好きなんだと思って。 -日本では特別なことがないと行かないという感じですもんね。 遠又様:私はトスカを観たかったんですけど、キャンセル待ちをしても買えなくて、結局外でライブ中継をしていると知って観に行ったら、皆さん自分の椅子とかを持って観ているんですよね。そういうところがすごく日本と違うなと思いました。 -生活面ではどうでしたか。 遠又様:私自身は日本にいるよりウィーンにいたときのほうが、目的を持ってやってきているからなのか、ゆったり過ごせましたね。居心地がすごく良くて帰りたくないと言っていました。 -ウィーンが恋しいという想いはありますか。 遠又様:あります。自分の身は日本で心はウィーンにあるという感じです。 -今ご留学なさって、ご留学の前に何かしっかりやっておいたほうがいいことというのは何ですか。 遠又様:とにかく語学です。すごく今必死に勉強しています。帰る前の日に、先生ご夫妻が務めている大学の学生さんのオペラがあって、よかったらということで観に行ったんですけど、その終演後に先生の現地のマネージャーさんやウィーン・フィルのすごい人とか、大学の先生たちを紹介してくれたんですけど、ドイツ語ができないからせっかく紹介してくれても何のコミュニケーションもできないというのがあって、それはすごくもったいなかったと思います。絶対に語学はマスターしなきゃと思っています。 -次に行った時に使えるものが全然違うと思うので、楽しみですよね。 遠又様:次にレッスンとかでチャンスがあれば、日本語じゃない語学で受け答えができるようになりたい。それくらいの気持ちでがんばりたいです。 -今後留学する方に対してのアドバイスがあれば教えてください。 遠又様:行ける環境であるならば行っちゃうべきだと思います。迷っているのなら行っちゃったほうがいいし、行ったらわかるということもたくさんある気がします。こっちでどうしようどうしようと思っているより、行きたい気持ちがあるんだったら行っちゃったほうがいいのかなと思います。 -今後の活動など何かありましたら教えていただけますか。 遠又様:特別大きなものはないんですけど、秋にコンサートを予定していて、先生にみてもらったシューマンをできたら舞台にのせようかなと思っています。静岡でやりますので、今それに向けていろいろ練習しています。 -わかりました。ありがとうございました。 遠又様:ありがとうございました。

藤井美月さん/ウィーン国際音楽ゼミナール

藤井美月さん プロフィール3歳よりピアノを始める。 ピアノを橋本幸代、河内仁志、 ソルフェージュを井尻由香、小野文各氏に師事。 -藤井様のこれまでのプロフィールを教えていただいてよろしいでしょうか。 藤井様:母がピアノの先生をしているのもあって、3歳からピアノを始め、幼稚園の頃にコンクールに出たりしてました。中学校3年生までは音大を目指していましたが、勉強のほうに力を入れている中高一貫校に入ったので、それでだんだんピアノは趣味として続けていって、大学は勉強のほうで進もうかなと思っています。 -今回、ウィーンの講習会に行きたいなと最初に思われたきっかけは何だったんですか。 藤井様:トビタテ留学JAPANに応募するために留学計画を作成していて、行くなら語学研修よりもやっぱり音大に行きたかったというのがあったので、短い期間でも音大体験ができたらいいかな、それで現地に行けるならと思ったのがきっかけです。 -今まで、音楽の講習会に参加されたことはありますか。 藤井様:ないですね。日本で時々ピアニストのレッスンを受けられると言うのを受けた事は何度かありますが、ウィーンなど音楽の都に行って、実際にそういう研修を受けるのは初めてでした。 -実際向こうに着かれて、一番最初に受けた印象というのはどんなものでしたか?また、他の参加者にはどんな人がいらっしゃいましたか? 藤井様:ただただ、建物と空の色がきれいで驚きました。講習会の参加者の多くは日本人だったんですけど、あとは韓国と南アメリカのほうから来た人が多くいたように思います。他の楽器の方もいらっしゃるので、全体で50人くらいですかね。 -特にピアノクラスでと言うと、何名くらいですか? 藤井様:ピアノクラスが他の楽器より圧倒的に多かったと思うんですけど、3人ピアノ先生がいらっしゃって、私の先生は一人で13人ぐらい持っていらっしゃいましたね。ピアノクラス全体で30人ぐらいいたかもしれないです。 -そのレッスンのスケジュールとか、全体のスケジュールはどのように組まれていましたか。 藤井様:講習会の中で基本的にレッスンは4回なんです。私は先生のご好意で5回に増やしていただけたんですけども、あとは学校で練習する時間とホテルにも練習室があるのでそこで練習する時間と、私は他にも練習室をとって練習をしていました。 -初日に「あなたはこの時間に来てね」と言う時間割を決めていた感じですか。 藤井様:そうですね。初日にスケジュールを渡されました。私は違ったんですけど、初日からレッスンがあった人もいました。私は2日目からレッスンでした。 -気持ちの準備的には、2日目スタートのほうが良かったですか。 藤井様:そうですね。いきなりレッスンをされている方は緊張されていました。 -先生も13人を見られていると言うのは結構ハードだと思ったんですけど、その中でも特別に5回レッスンを見てもらえたと言うのは、何か理由があったんだと思いますか。 藤井様:まず私は高校1年生で、周りが大学生が多かったんです。それで先生に孫のように可愛がってもらえたのと、先生が大好きな作曲家の曲を用意して行ったのも理由の一つかなと思います。 -それは事前につかんでいたんですか。偶然ですか。 藤井様:実は、アンドビジョンの方に教えてもらいました。先生についてのプロフィールをいただいてそれに書いていました。 -なるほど!先生のレッスンをけた印象はどうでしたか。 藤井様:すごく細かく見ていただいて、全体像をと言うよりも一つ一つの部分を良くしてもらえたと言う印象があります。今まで日本で受けてきたレッスンが良かったので、全体をざっくりではなく、部分的に細かく見てもらえたと言うところもあると思うんですけど、本場のならではの弾き方というか、日本人は知らない弾き方を細かく教えてもらいました。 -具体的にはどういう内容ですか。 藤井様:ニュアンスの問題なんですけど、時代背景からここはきっとこの作曲家はこういう気持ちで書いただろうとか、ここはこの楽器のように弾くんだよとか。日本人は知らないなということをたくさん習いました。 -先生との交流があったと思うんですけど、向こうのスタッフはどれぐらいの人数でどういうことをしていたか覚えていますか。 藤井様:通訳の方がいらっしゃったのと、伴奏しておられる日本人の方がいらっしゃいました。元からある4回のレッスンに通訳をつけていて、レッスンがドイツ語なので通訳の方にはお世話になりました。5回目のレッスンは通訳がつかないので英語でしていただきました。 -通訳さんはどうでしたか。 藤井様:やっぱりドイツ語をすぐ日本語に直すと言うのは大変なところがあったと思うんですけど、通訳の方も多分音楽をやっておられて、私も音楽が分かるのでなんとなくのドイツ語のニュアンスで分かるというか、全然問題なかったです。こういうことを先生は言いたいんだろうなと言うことが伝わってきました。 -レッスン以外の時間は練習に使われたということだったんですが、学校の練習室とホテル、別途とられた練習室があったと思うんですが、学校の練習室の使い心地はどうでしたか。 藤井様:学校の練習室はアップライトだったのがちょっと残念でした。その部屋には2台グランドピアノがあるんですが、講習会の人はアップライトしか使えませんと言うことでした。でもいくつか部屋があるので、いろんな部屋を使って、ピアノも一つ一つ違うので、その違いを楽しみました。日本ではぴったり音を合わせてあるんですけど、向こうのピアノは調律が雑でというか、狂っていたりするんですけど、その音が妙にしっくりくるというか、外国人のピアニストが演奏するピアノと同じ音がして嬉しかったです。 -追加でとられた練習室はどうでしたか。 藤井様:別の部屋自体は暗くて少し怖かったんですけど、ピアノは譜面台のところが彫ってあって、日本ではあんまりない感じのものだったので、きれいですごくテンションが上がりました。他には嫌なところはなかったです。そこの練習室の部屋は全部一緒でした。音も全然問題なかったです。それでもやはり、レッスン室のピアノがやっぱり最高でした。海外の一流メーカーのピアノばかりで、すごく嬉しかったです。全員弾かせてもらったんじゃないかなと思います。 -それは羨ましいですね。練習時間以外の時間も練習に費やされたということだったんですが、街の中を観光してみるみたいな時間も今回あったと思うんですが、街の様子や治安などどうでしたか。 藤井様:すごく良かったです。思っていた以上に人も優しくて、英語を話せる人が多いので、「ここに行きたいんですけど」と喋りかけたら、結構丁寧に教えてもらいました。 -向こうで観光に行かれたところはどうでしたでしょうか。 藤井様:まず初めて行った有名なところがステファン寺院だったんですけど、歩いていると急に現れて、すごく大きいのでびっくりしました。中にまで入ったんですが、中はそんなに派手ではなく、厳かな感じでした。観光客が多いので静かと言うわけではなかったんですが、なんとなく神様が宿っている感じがしました。石造りで暗くてひんやりしていました。 -神秘的ですね。他はどういったところに行かれましたか。 藤井様:あとは美術史美術館に友達と行きました。周りは大学生だったので有料だったんですが、私は16歳なので入館料無料でした。その日にシュニッツェルを食べました。 -一緒に行かれたか人はピアノの専攻の方でしたか。 藤井様:ピアノの方もいましたし、フルートの方も仲良くさせてもらいました。向こうで知り合った人たちです。他の場所へは、自分の行きたいところに行きたいなと思ったので1人で行くこともありました。治安も悪くないと判断できたので、昼間は1人で出歩くことも多かったです。 -ウィーンは治安がいいですよね。他にはどこに行かれましたか。 藤井様:あとはモーツアルト像のある所や、ホーフブルク宮殿に行きました。敷地が広くて図書館や庭園がありました。あとで気付いたんですが、国会議事堂にも行っていました。シェーンブルン宮殿にも行きましたが、ちょうど宮殿での演奏会はバカンスシーズンで休んでいる頃でした。ここは19ユーロぐらいいりましたが、年齢を言えば高校生は意外と無料になるもので、入場料が分からなかった国立図書館では、「16歳なのですが」と言ったら「無料で入れますよ」と言われました。だから年齢は言ったほうが得だと学びました! -かなり堪能されていると言う印象なんですが、特に印象に残っているところはどこですか。 藤井様:思い出に残っているところは美術館の中が、日本の美術館では外国から来た絵がポツンポツンと飾ってあるイメージが強いんですけど、外国はずっとある絵なので、その絵が大量にかかっていて、日本では絶対見られないなと思いました。建物も全然違って、建物自体が美術なので、それを一緒に見られたと言うのが感動でした。美術史美術館を無料で見られたと言うのはすごくお得でした。 -こっちだったら学生でも1,000円とか2,000円はしますし、期間限定で持ってきている絵もあるので、人が混んでいたりしますよね。 藤井様:そうですね。向こうは人が少なかったです。全部回ると足が痛くなるぐらいの広さなので、人はポツポツいる感じでゆっくり見ることができました。 -常設でそういうのがあるというのは、音楽にも良いインスピレーションを与えてくれそうですね。今回お泊まりになった場所はローゼンホテルでしたね。こちらは品質的な部分はいかがでしたか。 藤井様:お友達になった人と、部屋で一緒に夜ご飯を食べたりしていたんですけど、そのお友達によると私の部屋はラッキーなことに他の人よりも広かったようです。他の人はお風呂が狭いとか収納スペースが少ないと言っていました。窓の開け閉めの仕方が最初分からなくて、上から開くとか横から開くとか、それが全然つかめなくて、最後まで結局分かりませんでした。後は、向こうはクーラーがなかったのでときどき暑かったです。クーラーがなかったことにはびっくりしました。暑いといっても日本ほどではなかったです。ジメジメしてなくて、風が吹いたらすごく涼しいので、全然大丈夫でしたが。 -ホテルのクオリティーについて、海外ではクオリティーが安定しないという話を聞いたことがあるんですが、どうでしたか。 藤井様:すごく面白いことがあって、掃除は毎日あるはずなんですけど、バスタオルが濡れたまま置いてあったり、濡れた状態にしないと持っていってもらえないのかなと思って濡らしていたんですが、濡れたままで置いていかれていたりしました。あとは新しいバスタオルは用意されているけど、ベッドは私がちょっと直したままみたいなこともありました。もういいかと思いました。全てが日本と違ったので、日本で起こることが当たり前だとは思わないほうがいいなと思い、全部笑って過ごしていました。 -たくましいですね!最初の何日間かぐらいでそうしようと思われましたか。 藤井様:着いた瞬間に勝手にそういうふうになりました。「もうちょっとネガティブになりなさい」と言われるぐらい前向きな性格なので。 -ちなみにそのホテルは他の練習をされている方も結構いらっしゃったと思うんですけど、周りの音は気にならなかったですか。 藤井様:それは全然気にならなかったです。時々聞こえてくる程度でした。そのホテルはもともと学生寮だったそうで、防音がされていたのか、そんなにうるさいとは感じませんでした。練習時間が一応決まっていたので、問題なかったです。 -ちなみにお食事は、主にどういったかたちで食べられていましたか。 藤井様:朝ご飯はついていたんですが、お昼ご飯が大体生ハムとベビーリーフが挟まったフランスパンとアップルパイみたいなパンだったんですが、アップルのパンがすごく美味しくて、14日間のうち13日間ずっと食べていました。夜ご飯も大体パンを食べていたんですけど、近くにケバブのバーガーが売っているところがあって、それも美味しくて3回ぐらい食べました。 -朝ご飯はどんな感じだったんですか。 藤井様:朝ご飯は毎日一緒で、ビュッフェ形式でした。置いてあるものは毎日一緒なんですけど、ハムとパンと野菜がちょっとあって、シリアルとフルーツポンチみたいなものと、なぜか毎日スイカがありました。結局スイカは食べませんでした。 -夜もビュッフェ形式でしたか。 藤井様:夜は付いてないのでビュッフェではないです。練習室がウィーン西駅と言うまあまあ大きい駅にあったので、パン屋さんも近くにあり、そこで買って帰ったりしました。1日だけ先生と一緒に食べる日があったので、その日はレストランで食べました。 -ちなみにどんなお店に行かれたんですか。 藤井様:普通の街のレストランという感じで、パスタやピザがありました。外国ではどこのレストランでもそうなのかもしれないんですけど、ハエが不通に飛んでいて、日本ではなかなかないんですけど、ハエがパンにとまっても気にしたらあかん、みたいな感じでした。少し気持ち悪かったですが、かつてカンボジアにボランティアに行ったことがあって、そこのトイレで、私の顔面ぐらいの大きさの蛾にでくわしたこともあったので、それと比べれば全てがきれいすぎたので全然大丈夫でした! -(笑) 藤井様:海外と言えばカンボジアみたいなイメージだったので、「ああ、きれいな国だな」という感じでした。 -ちなみに先生とはどんなお話をされたんですか。 藤井様:他の生徒さんもいらっしゃったので、話す時間は限られていたんですけど、向こうでコンクールに出演したので、その時の感想とか「他の先生はこういうことを言っていたよ」と言うことを言ってもらえました。 -それはありがたかったですね。ちなみにそこは通訳とかいなかったと思うんですけど英語でコミュニケーションをされたんですか。 藤井様:はい。英語で話していました。 -現地の方で、海外の方もいらっしゃったと思うんですけど、先生も含めて海外の方たちとのコミュニケーションをうまくやっていくコツみたいなものがあれば、ぜひ行ったことがない方へのアドバイスとして伺えたらと思います。 藤井様:英語が大体話せたら問題はないんですけど、分からなくても身振り手振りで伝えようとする努力が必要かなと思います。 -そうするとやっぱり向こうも分かろうとしてくれるということなんですかね。 藤井様:きっとそうだと思います。南アメリカのほうから来た女の子達も普段は英語をしゃべっていないと言っていたので、英語圏ではないみたいでした。お互いちょこちょこ分からないところもありながら、でも大体こういうことやんな、とお互い分かろうとしていました。積極的に怖がらずに三単元のSとか気にせずにぶつかっていったらいいかなと思います。私も実際、過去形で話すべきところを現在形で言ってしまったりしたんですけど、そのときに、相手も「えっ?今のそこは過去形で良かったの?」と言ってくれて、そこで会話に差支えが出てしまうとかいうこともなかったので、あまり几帳面にミスを気にする必要はないと思います。言いたいことを自分の知っている英語に、とにかく当てはめていって、会話を繋げていく。相手と会話を楽しもうとする思いが大切なんだと思います。 -やっぱりすごく語学の部分を不安と言う方が多いので、初めての方はそれを聞いたらすごく安心されると思います。 藤井様:私も行くまではすごく不安だったんですけど、行ったら日本人に会うのがむしろ嫌、みたいになりました。外国に浸っていたいと言う感じがありました。 -もう少しいたいと言う気持ちがありましたか。 藤井様:ありました。楽しすぎてホームシックになる暇がありませんでした。 -今回の講習会を振り返ってみて、やっぱり参加して良かったなと思った瞬間というのはどういった時でしょうか。 藤井様:まず現地のピアノを弾けたことが何よりも感動でした。向こうは空気がすごく乾燥していて音がよく響くので、日本と同じように弾いてもうまく聞こえるので、それらはすごく楽しく、ウィーンに来て良かったなと思いました。あとは先生が、毎回レッスンの度に握手してハグしてみたいなそんな感じで、すごく可愛がってもらえてうれしかったです。日本ではなかなかないじゃないですか。 -そうですよね。今回、成長したと言う所は何かありますか。 藤井様:やっぱり作曲家のことを考えて弾くというか、作曲家の意図を読むことを大切にしていかないといけないなと学びました。 -やっぱり向こうに行って教えてもらうと違うような感じでしたか。 藤井様:そうですね。「ツィンバロンと言う楽器のように弾いて」と教えてもらったんですけど、なかなかそういう事は日本では言われないので、例えば「チェロのように弾いて」とか、「バイオリンのように弾いて」とか、「ここはトランペット」とかたまに言われても、ツィンバロンとかマニアックな楽器はあまり聞かないので、そういうことを知れたのは大きな学びだったと思います。ツィンバロンって何?みたいな。YouTubeで調べてあとから知りました。弦があってそれをバチで叩くような楽器でした。ハンガリー中央東欧の楽器みたいです。 -そういう楽器は普通出てこないですもんね。日本にいたときには、もちろん期待していた、理想的な音楽留学のイメージがあったと思うんですけど、改めてそれと実際体験してみて、日本と違うところと言うのはありますか。 藤井様:音楽ってそもそも「音楽を楽しむ」と書きますが、日本ではどうしても、コンクールとかではミスタッチとかそういうことが重点的に見られたりするんですけど、ウィーンではミスタッチとか、そういうことよりもどれだけ個性的に弾けるか、どれだけ自分が思っていることを演奏に出せるかというのがすごく重要視されていて、それがすごく素晴らしいなと思いました。印象的だったのは、ある外国人の女の子が発表会で弾いていて、その女の子が手の上げ方がすごく個性的だったんです。でもそれを暖かく見ているみたいなそういう文化があって、日本ではあの人は変だな、みたいな感じなんですけど、それを堂々と舞台でできるということは、受け入れる側が音楽を楽しむということをすごく大切にしているのだなと言うことだと感じました。 -それは普段のレッスンの中で正していくと言うよりは、人の個性を伸ばすということでしょうか。 藤井様:そうですね。 -さっきコンクールに出られたというお話があったんですが、それもお伺いできますか。 藤井様:講習会の中で開かれていた小さなコンクールなんですけど、選ばれた人が楽器ごちゃまぜで競い合うもので、大学生ばかりだったのでめちゃくちゃ緊張しました。私は親の前では緊張を隠すんですけど、実はすごく緊張するので、もうどうしようかと思いながら弾いていました。けれど、後からピアノ科の先生が「すごく感銘を受けた」と言ってくださって、それはすごく嬉しかったです。 -来年の夏に、ウィーンに行きたいと思っていらっしゃる方が既に数名いらっしゃるんですが、ぜひこれはやっておいたほうがいいと言うことがあればアドバイスお願いします。 藤井様:音楽留学ならやっぱり専門の楽器の練習をしっかりして行くことだと思います。例えばいくら観光の予定を考えていても、現地に行くと、他に楽しいことが見つかったり、やむをえず予定を変えなければいけなかったりすることもあるので、現地でのことはほぼ現地で決めるという感じの方が気楽だと思います。一番大切なのは、向こうで学びたいと思っていることを日本にいる間に出来る限り伸ばしておくことです。日本にいる間に、ウィーンで見てもらう予定の曲が完成していなかったら、先生も教えるに教えようがないということになってしまい、せっかくの留学がもったいないことになってしまいます。だから、練習は頑張っていく。あとは、ウィーンでなくても言えることだと思いますが、荷物は軽く。下着とか靴下とかの量は少なくていいと思います。下着や靴下は、洗って干して何回も使えますし、Tシャツは大量に持って行っても荷物になるだけだなと思いました。 藤井様:あと親から「デビットを持って行くか」と言われて持っていきました。これがすごく便利でした。もしかしたらアンドビジョンさんの資料とかに書いてあったのかもしれません。音楽で行くんだったらドレスとかを持って行くから荷物が多くなってしなう方も多分いらっしゃると思うので、他の服装の一部、例えば重い上着などは現地で買うのもいいかもしれないですね。 -向こうに行ったことがない人は、向こうでの買い物がやけに高かったら、と心配される方もいらっしゃるようですが、どうですか。 藤井様:結構安かったですよ。私は上着をZaraで買ったんですけど。ステファンスプラッツという駅に大きいZaraがあってここで買っちゃえと思って買いました。後から調べてみると日本よりちょっと安かったですね。 -そうですか。じゃあ全然向こうで現地調達と言うのもありかもしれないですね。ちなみに現地の移動は主に何を使われましたか。 藤井様:大体地下鉄で、トラムとバスで移動しました。地下鉄は難しいかなと思っていたんですけど意外と簡単で、なんたら駅から何番線が出ているみたいな感じなので、すごくシンプルでした。ただ日本だと駅と言うと、真ん中がホームで向かい側に違う方向の電車が走っていることが多いじゃないですか。それがないので、乗る方向を間違えたら逆のホームに行くのにまあまあ歩かないといけなかったりするので、そこは慣れるしかないと思います。私も実際に向こうで間違いましたが、間違えても駅と駅の間が近いし、電車の本数もかなり多いので、間違えても戻るのにそこまで時間がかかるということはないのであせらなくても大丈夫です。駅間も、駅間自体が近いのと、お店がたくさんあって楽しくて、歩いていても飽きることがので、時間がある時は歩いてみるのもいいんじゃないかなと思います。 -ものすごく具体的なお話を聞かせて頂き、ありがとうございました!ぜひまたお話を聞かせてくださいね。 藤井様:こちらこそ、ありがとうございました!

栗原悠希さん/バークリー音楽大学サマーコース(5週間)

栗原悠希さん プロフィール桐朋女子高等学校音楽科を経て桐朋学園大学を卒業。 これまでに黒川浩氏、中井恒仁各氏に師事。 また、二台ピアノ・室内楽を藤井一興、石岡久乃、三輪郁、加藤真一郎、田崎悦子各氏に師事。 第13回日本演奏家コンクール第3位、第14回大阪国際音楽コンクール二台ピアノ部門第2位(1位無し)受賞。 -ご経歴としては、ずっとクラシックをされていたんですよね。 栗原様:そうですね。音高・音大で7年間学びました。 -これまでに音楽留学のセミナーに参加されたことはありましたか。 栗原様:3年前ぐらいにドイツのセミナーに行きました。バリバリのクラシックでしたね。 -そのときはどういう理由で行かれたんですか。 栗原様:なんとなく外国のセミナーで外国の先生に受けてみたいなというのがあって、参加しました。 -先生に勧められて行ったんですか。 栗原様:いえ、自分で行きました。あんまり大規模ではなくて、費用もそんなにかからなそうなもの探して行きました。 -海外の講習会に参加されたら、ヨーロッパにクラシック音楽で留学しようかなと考える方が比較的多いんですけど、そうはならなかったですね。 栗原様:そうはならなかったですね。クラシックは大好きだし、もちろん演奏を続けていきたいんですけど、欲張りなのか、演奏するだけだと嫌でした。ずっと昔からの音楽をいろんな方が演奏しているという状況で、自分がそこに入っても世界的な演奏家にはなれないし、そうなるのは私が望む音楽家の像ではないというのが高校のときからずっとありました。だったら、演奏をやめなくてももっと音楽の業界を回す側になりたいなというのが、大学3年生ぐらいのときになんとなく入ってきて、それでポップスとかもっと社会と音楽のことを勉強したいなという思いがでてきて。それは日本では勉強できないことはないんですけど、やっぱりどうせ勉強するんだったら外国でやったほうが英語の勉強にもなるしと思っていろんな学校を見た結果、このバークリーに興味を持ったんです。 -バークリーの5週間プログラムは、いかがでしたか? 栗原様:レッスンとプライベートが毎回1回ずつあって、アンサンブルの授業が、私は火曜日と水曜日であったんですが、とにかく日本人気質で迷惑をかけたくないというのがあって、最後のコンサートでもそれなりに最初と違う自分で挑みたいなと思っていたので、練習して次の週には新しいことをみんなの前で披露したいと思って、練習に取り組みました。先生にしつこいぐらい「これでいいですか、これでいいですか」と相談しました。先生も「初めてのことだし、そんなに心配しなくていい。これから勉強していけばいいし」と言ってくれて。国民性というのか、ミスに寛容でした。他のメンバーも他の人のミスにそんなにうるさく言ったりしないし、何をやってもいいよという感じだったので。 -日本との違いも感じられたんでしょうか。 栗原様:そうですね。やっぱり日本では、口では「ミスはそんなに大きなことじゃない」と言う方が多いんですけど、やっぱりミスをするとみんなミスをしたと言うし。それは別に悪いことではないと思うんですけど、それに比べたらやっぱり自由にしていいよという感じで。授業でも「わからない」とか「やっていません」ということを他の受講生の人が平気で言うんですよ。 -そんなときはどんな空気になるんですか。 栗原様:「ああ、じゃあ説明するよ」みたいな。優しいなと思いました。私の学校は、まず遅刻厳禁で、遅刻をしてきたら入れない授業とかもあって、私は遅刻をするんだったらもう行かないという選択肢がだったんですが、それを先生に言ったら、「そういうことはもったいないから遅刻をしてでも来るべきだ。最後の10分でもいいから遅刻してでも入ってきなさい」と言われて、そういう感じなんだと思いました。そして、環境も違うなと思いました。設備も全然違って、日本の音大、特にクラシックの専門になると、どうしてもコンピュータを使った授業というのはあんまりないし、まずコンピュータールームがないんですよ。それを使って授業することも滅多にないんですけど、バークリーは最新のものを使っていてすごかったです。作曲の授業とかでは、マックにキーボードがつないであって、それで作曲をしたりしていました。また課題で作ってこいというのが多かったです。皆でヒーヒー言いながら作るんですけど、大体テキストでここからここまで5ページぐらいの課題をやってくるのと、作曲して来なさいとか、ソロを考えてきてみんなで弾きなさいなど、「作って発表しなさい系」がすごく多かったです。あとソルフェージュの授業が移動ドでやっていて、私はずっと固定ドだったので、移動ドでやるのが新鮮でした。全然できなくて、でもジャズは移動ドでやるのが普通でした。あとはコピーして勉強するというのが多くて、ソロを聞いて全部を覚えるんです。楽譜とかを見ないでも歌うというのが私のソルフェージュの課題でしたが、できちゃったんです。火、水、木、金と授業が1時間ずつあったので、毎日毎日新しいフレーズ、8小節を覚えていくと、毎回授業で歌うから覚えられるし、最後のプロジェクトが自分の好きなソロをコピーしてみんなの前で弾くというもので。「この日までに曲を決めてきなさい」ということをすっかり忘れていて、授業が終わったら先生から、「今日までだから」と言われて、どうしようと思って。たまたまiPhoneに『枯葉』があって、これにしようと思って、どんなソロかも知らないで書いたら、友達からは「なんでそれを選んだの、めっちゃ難しいよ」と言われました。その日から本当に鬱でした(笑) -それは提出から本番までどれくらいの期間でしたか。 栗原様:3週間ぐらいあったんですけど、他の課題とかアンサンブルが忙しくて、結構みんなやる暇がなかったんです。ちゃんと毎日聞いていれば覚えられると思うんですけど、とにかく他のことでも精一杯で、先生に「できません」と言ったんですけど、「5分もやる必要はないよ」と言われて、結局3分ぐらい覚えて弾きました。楽しかったです。コピーして弾くというのはクラシックでもしなかったわけではないんですけど、でもソロとかではなかったので、タイミングとかも全部真似をして音を書いていくというのが、すごく楽しくて新鮮でした。クラシックは楽譜があるからある程度わかった状態で、この人を参考にしたいなと思ったら、その人のものを見て、いろんな角度を覚えたりすることはあったんですが、ソロはその人が考えるので楽譜がなくて、それを聞いて録って、音源と合わせていかないといけないので、音源を聴きながら練習するのは新しかったですね。 -逆に、何か困ったことはありましたか。 栗原様:外観はすごくきれいで、ボストンの街並みもきれいだったんですけど、クーラーがなくて暑すぎて、気にならないくらいの体調不良が続きました。小さい扇風機はいただいたんですけど、部屋が広くて暖かい空気を回しているだけなので、結局あまり涼しくないんですよ。日本人やアジア人だけがそういうふうに思っているのかなと思って、他の国の人に聞いたら、そんなことなかったです。あと、お風呂が汚くて、つま先立ちでしか入れないこともありました。でも向こうの方は慣れている方が多くて、お風呂は結構皆さん普通でした。4つ寮があって、18歳以下の子たちは違うところに住んでいるんですが、その子たちはすごくきれいな寮なんですよ。初めは住めないなと思いましたが、だんだん慣れてきて、どうやったらお風呂を最短で済ませられるかを計算して入ったりしていました(笑) -向こうに行ったときは他の日本人の方とコミュニケーションを取ったりしましたか。 栗原様:空港でタクシーに乗るときに右往左往している人を見つけて、話しかけたら日本人だったので、その時点で仲良くなりました。でもほとんど高校生ぐらいの子たちばかりで、留学をしたいということが決まっている子たちが多かったので、向こうに行ってからは、同じ寮に住んでいる年齢も近いアジア人の子とかと一緒にいました。たまに日本人の子は会ったら話すぐらいでした。 -初めての人たちが多い環境の中で、その他にびっくりしたことや困ったことありましたか。 栗原様:学校自体もそうなんですけど、日本とそんなに大きな変化はなくて、もちろん文化感の差はありますが、基本的な、人間的なマナーというのは、成人したらある程度大体同じでしたね。基本的には特に困ったことなどはなかったです。たまに、マナー的な面で話題になったり香水などの体臭が強いと言われている人がいました。また、音楽をドンドコドンドコ流す人がいて、それがあらゆる部屋から聞こえるから、私のルームメイトはロスから来た人だったんですが、「眠れない」と言っていました。楽器を弾いている人もいれば、歌の人は自分の好きな曲をマックスでかけて歌うんです。その音が四方八方から聞こえてくるから、私はあまり気にしなかったですけど、気になる子は本当に気になると思います。私のルームメイトはいい子ですごく良かったと思いました。 -参加者は何人ぐらいいたんですか。 栗原様:トータルは千人までいかなかったと思うんですけど、70カ国ぐらいから来ていて、アメリカ人と中国人が多かったです。 -毎晩ライブとかもあったりするんですかね。 栗原様:毎晩はないんですけど、決まった曜日に、お昼にジャズワークショップで来ている優秀な学生たちの演奏会があったりとか、先生がやるジャズのコンサートがあったりしました。 -本場の演奏はどうでしたか。 栗原様:やっぱり優秀な人は上手でした。日本でも外国でも、とてつもなくうまい人がたくさんいるということは身に染みてわかっていたことなので、こんな感じなんだなというのはありました。授業の話に戻るんですが、アンサンブルの授業に4つのレベルがあって、3と4の人たちが結構レコーディングとかに選ばれたりするんですけど、私はクラシックのピアノが弾けてコードも読めたので、まあまあ弾ける子たちのグループに入ってしまって、初回の授業が、曲などが何もわからなくて地獄のようでした。迷惑をかけると思ったので「クラスを変えてください」とお願いしたんですが、「ごめん、ごめん。これから勉強するんだからいいよ」と言われました。 -それは結果的にどうでしたか。 栗原様:すごく楽しかったです。授業でやったりとかライブに行ったりとかはあったんですが、ジャズがほとんど初めてで、自分でちゃんとジャズを勉強して弾くというのは初めてだったので、すごく怖かったんですが、結果的に最後の演奏会はすごく楽しかったです。 -バークリーに行く前に期待をしていたことがあったと思うんですが、実際に行ってみてどうでしたか。 栗原様:何かしら新しいものがあると思っていたんです。やっぱり環境も違うし、言語も人数も違うので。でも別に新しいものは、良い意味で特になかったですね。結局やっている音楽のジャンルが違うだけであって、私たちがクラシックを勉強していた感覚と同じ感覚でジャズを勉強しているという。 -それはすごく大きい発見だと思いますね。 栗原様:そうですね。自分には、今何が一番必要かということがわかったというのは大きいですね。だからもし留学するんだったら、作曲のほうで留学したいと思ってたんですけど、今すぐはちょっと留学はいいかなと思いましたね。 -今後業界に携わりたいというお話があったと思うんですが、具体的にどういうふうにやっていきたいというのはありますか。 栗原様:最終的には、音楽制作職に就きたいです。今は、音楽制作に必要なDTMの扱い方を少しずつ勉強しています! -今後留学でバークリーに行きたいと言っている方が毎年たくさんいるんですけど、そんな方々へのアドバイスをお願いします。 栗原様:私がすごく助かったのはやっぱりクラシックが弾けることです。すぐ弾ける曲を用意していたので、それを弾いたときにすごく評判がよく、みんながそれで認めてくれたので、【自分が音楽でこれはできる】というものがあれば、ある程度自信になるし、英語ができると音楽がそんなによくできなくても、ある程度コミュニケーションがとれるんじゃないかなと思います。渡航前に、こちら(アンドビジョン)の英語のレッスンも受講させていただいたんですが、音楽を実際にされていた方と音楽について英語で話す機会があまりないので、週に1回でもそういう機会を作っていきたいなと思ったからなんですが、すごく助かりました。ありがとうございます。 -こちらこそ、ありがとうございます。ぜひまた、お話聞かせてくださいね。 栗原様:ありがとうございます。

佐藤桂菜さん/カーティス音楽院サマープログラム/アメリカ合衆国

佐藤桂菜さん プロフィール3歳より才能教育研究会スズキメソードにてチェロを始める。現在は2016年9月よりアメリカのWalnut Hill School for the Artsに在学中。 これまで、第2回刈谷国際音楽コンクール弦楽器部門1位、第25回日本クラシック音楽コンクール中学生チェロの部1位、岐阜国際音楽祭コンクール弦楽器高校生の部1位など数々の賞を受賞。 2013年~2016年はNHK名古屋青少年交響楽団に在籍。2016年にはNHK名古屋ニューイヤーコンサートにて名古屋フィルハーモニー交響楽団と共演を果たしTV出演も経験。 現在も音楽留学で学業に励む傍らさまざまな舞台で活躍している。 -まずは略歴をお伺いできればと思います。いつチェロを始められて、これまでどんな活動をされてきたかお教えいただけますか。 佐藤様:3歳でチェロの演奏を始めて、スズキ・メソードで学びました。中学生になってから個人レッスンに代わって、いろいろな先生に教わるようになりました。そのあとコンクールにも出るようになって、日本クラシック音楽コンクールや刈谷国際音楽コンクールで1位をいただいたりしました。 -チェロ以外の楽器も演奏されるのですか。 佐藤様:ピアノも少し演奏していますけどそんなに上手ではありません。チェロの演奏がメインです。 -海外での音楽講習会に参加するのは今回が初めてですか。 佐藤様:去年の夏にウィーン国立音楽大学の講習会に2週間行きました。 -ウィーンはどんな街でしたか。 佐藤様:アメリカとはまた違った雰囲気で、街自体が観光もたくさんできるし、音楽に没頭できるような魅力のある街でした。 -今回この講習会に行きたいと思った理由やきっかけは何でしょうか。 佐藤様:この秋からアメリカの高校に入学します。それと将来はアメリカの大学に行きたいと思っていますので、カーティス音楽院やジュリアード音楽院を先に見ることが出来ればいいなと思いました。 -参加者は全体でどれぐらいいらっしゃったのですか。 佐藤様:おおよそ100人ぐらいです。 -アジアや欧米、いろいろな国の方々も参加されていたと思いますが、比率としてどこからいらっしゃった方々が多かったですか。 佐藤様:大体アジアと欧米の方々が半々ぐらいですね。アジア人がとりわけ少ないということではなかったので、私としては過ごしやすい雰囲気でした。 -日本からは佐藤様以外にも参加されている方はいらっしゃいましたか。 佐藤様:日本人の参加者は私を含めて2人でした。 -では現地でお互い初めましてから始まって、仲良くなれましたか。 佐藤様:もともと日本で知っている方だったのですが、ちゃんと会うのが初めてでした。それでこの講習会を通じて仲良くなりました。 -講習会はどんなスケジュールが組まれていましたか。たくさんレッスンできましたか。 佐藤様:毎日予定がぎっしり組まれてした。朝9時から始まり、そのあとに何らかの音楽の授業があって、たとえば音楽理論の授業だったり、指揮の授業だったり、その日によって時間が変わるのですが、13時から15時までは室内楽のレッスンがあって、そのあとはオーケストラのレッスンでした。そのあとは自由時間だったのですが、私は個人練習を大体2、3時間していましたので、それが終わると21時位で、22時には寝るといったスケジュールでした。 -そんな中で印象的なレッスンは何でしたか。 佐藤様:室内楽を本格的に聴くのが初めてで、とても刺激的で楽しかったです。 -どういった部分が楽しかったですか。 佐藤様:今回は、弦楽器が4本と管楽器が3本の構成で室内楽を演奏したのですが、そのハーモニーがとても綺麗で楽しくて、すごく惹かれました。 -レッスンでは何か他にも印象に残っていることはありますか。 佐藤様:週に2回演奏のレッスンがあって、さらにもう1回マスタークラスがあったのですが、マスタークラスではフィラデルフィア交響楽団の方が先生として教えてくださりました。演奏のレッスンの方はカーティス音楽院出身の方達に教わったのですが、みんなそれぞれ違う視点から教えていただいたのでとても良かったです。 -どんなことを教わりましたか。 佐藤様:技術や理論以外にも日々の練習の仕方などを教えていただきました。 -自分のプラスになりましたか。 佐藤様:はい。とても参考になりました。 -英語でのレッスンだったと思いますが、語学の方は大丈夫でしたか。 佐藤様:はい。渡米する前は全然英語がしゃべれなかったのですが、カーティス音楽院の講習会と、カーティス音楽院に行く前に3週間参加していたボーディングスクールのおかげで少し話せるようになりました。 -なるほど、ではレッスンでの英語も問題なかったのですね。 佐藤様:そうですね。ただ、個人レッスンでは先生と一対一なので集中して聞けるのですが、グループレッスンでみんなに対して言っていることに関しては聞き取りが難しかったです…。 -実際に現地で海外の方とのコミュニケーションはいかがでしたか。何か発見とかありましたか。 佐藤様:海外の人はあまりややこしいことを話さず、ストレートに言いたいことを伝えるような気がします。その分日常会話はすぐ覚えられるのだと思いますが、やっぱり授業になると言い方が難しくなってわからないこともあるので、ついつい聞き逃してしまうこともありました。ただそれでも集中して聞くので知識として何かしらにつながると思います。 -なるほど、もっと英語は覚えたいと思いましたか。 佐藤様:そうですね。音楽の授業は特に理解を深める意味でももっと授業でも聞きとれるようになりたいなと思いました。 -渡航前に英語のレッスンを受けたりしましたか。 佐藤様:はい、行く前に少し受けていました。3回ぐらい受けていたのですが、やっぱり現地にいった方がすぐ覚えられると感じました。 -楽器の個人練習はどのくらいできましたか。 佐藤様:あまり個人練習の時間がなかったので、できて最大2時間ぐらいでした。それでも私は個人練習を3時間ぐらいやっていました。 -音楽院に練習室はありましたか。 佐藤様:あります。でも今回は人数がすごく多かったので、みんながみんなその練習室で練習できるわけではなかったです。部屋で練習したりしている人もいました。 -寮のお部屋はどんな感じでしたか。 佐藤様:カーティス音楽院の4階から寮になっていて、1部屋にシェアハウスみたいな感じで4つ部屋が入っていました。その1つの部屋には9人いて、4つの各部屋でそれぞれ別れて過ごしました。とてもきれいなお部屋でした。 -ルームメイトはどんな方でしたか。 佐藤様:私のルームメイトは現地に住んでいる日本人で、主に話すのは英語なのですが、年齢も同じということもあり、とても仲良くなっていろいろ助けてもらいました。 -それはよかったですね。寮の食事はいかがでしたか。 佐藤様:朝昼晩、全部ビュッフェ形式になっていて、朝はいつも同じメニューなのですが、昼と夜は毎回メニューが変わっていました。充実していましたし、とてもおいしかったです。 -レッスンや練習以外の自由時間はどのように過ごされていたのですか。 佐藤様:土曜日と日曜日は発表会の日だったのですが、それが終わって19時ぐらいから自由時間なので、みんなで遊んだりしました。 -外出したり観光したりしましたか。 佐藤様:私は15歳なので、外に出るには音楽院のスタッフと一緒に行かないといけなくて、あんまり頻繁には外に出られませんでした。ただ、カーティス音楽院の中には卓球台やテレビがある場所があったので、そこにみんなで集まって遊んでいました。あとは自分の部屋にいました。 -アメリカのテレビはご覧になられましたか。 佐藤様:あまりわからないのでそんなに見なかったです。 -卓球ができたのですか。 佐藤様:はい。でも1台しかないので、人がたくさん集まって1台でやろうとするとなかなか出来ないから、みんなで代わる代わる順番に回しながらやっていました。1球打ったら移動して次の人が打つみたいな。 -フィラデルフィアの街並みを見に行ったりする機会はありましたか。 佐藤様:日曜日は音楽院のスタッフさんと一緒に外出しました。 -そのとき観光は出来ましたか。 佐藤様:はい、できました。私は観光というよりはショッピングや食べに行くのがメインという感じだったのですが。 -フィラデルフィアの街並みの中で印象に残っていることはありますか。 佐藤様:リバティ・ベルをみんなで見に行ったことが印象に残っています。 -カーティス音楽院を含め街並みは綺麗でしたか。 佐藤様:よかったです。建物も大きかったです。 -今回の講習会を通して何か自分の中で変化はありましたか。 佐藤様:やっぱり海外の演奏家のレベルを教えてもらって、世界の中でも上には上がいるんだな、と刺激を受けることができたことです。 -指揮の授業は今までも受けていたのですか。音楽院でのそれはどんな内容でしたか。 佐藤様:いえ、今回が初めてです。指揮のレッスンのために指揮者の先生が来てくれて、その先生が授業してくれました。毎週違う先生が来てくださるのですが、みんなすごく有名な方々で、指揮の仕方などを教えてくれました。 -同じ楽器の演奏者の人たちと何か共通点みたいなものがあったりするのですか。 佐藤様:私はチェロの音が好きですけど、チェロを演奏する人はみんな優しくてほんわかしているイメージがあります。だから仲良くなりやすいし、みんなでやると楽しいです。 -一緒に練習することもありましたか。 佐藤様:チェロパートだけでも練習しますし、オケ全体で練習もやります。 -渡航前と今の自分を比べると成長したと思うことはありますか。 佐藤様:我慢強くなったと思います。英語では言いたいこともなかなか言えないから、全部飲み込んでいました。 -海外の人たちと共同の生活をおくられた中で何か日本との違いは感じましたか。 佐藤様:やっぱりみんなちゃんと物事を言えて、みんなで盛り上げようという気持ちがすごくあると思います。カーティス音楽院の講習会だけじゃなくて、その前に行っていたボーディングスクールでもそうだったのですが、子供たちがすごく自分たちで何かしようという気持ちがあったので、そこが違うなと思いました。 -そんな中で何か発見はありましたか。 佐藤様:日本人はシャイと言われる理由が、すごくわかりました。 -貴重な経験ですね。 佐藤様:そうですね。いろいろ自分で出来るようになりたいと思います。 -講習会期間中での講習会参加者によるコンサートについてお伺いしたいのですが、演奏するのはどういった場所でどんな雰囲気で演奏されたのですか。 佐藤様:コンサートはリハーサルホールのようなところでやっていました。椅子を自分たちで並べて、観覧の方々の席を作っていました。部屋自体はとても大きな部屋でしたが、そこに(講習会の)参加者のご家族の方々が見に来てくださって、毎回満員でした。 -演奏するとき緊張しましたか。 佐藤様:緊張もしましたが、オーケストラでの演奏を楽しめました。 -日本でのオーケストラでの演奏と何か違った点はありましたか。 佐藤様:違いはやっぱり指揮者の先生です。いろんな先生が来て指揮してもらえましたので、いろんなタイプの先生と一緒に演奏して、こういう見方もあるのだということを知りました。 -もし留学するとしたらどんなことやものを準備しておくと良いと思いますか。 佐藤様:そうですね、日本ではもちろんあまり英語を話す習慣を作りにくいと思いますので英語は現地にいたほうが吸収しやすいと思います。それと日本に手紙を送るときは、切手と名前を書けばいいのかよくわからなかったのでそれを確認しておいたほうがいいと思います。あと、日本のお土産を持っていくと喜ばれます。私は成田空港でたくさん買って持っていきました。海外には日本が大好きな人も多いので喜ばれるんだと思います。 -逆にお土産を頂いたりしましたか。 佐藤様:はい。中国から来ている方に頂きました。 -チェロはご自身のチェロを持って行かれたんですか。 佐藤様:はい。今回は自分のチェロを持って行ったのですが、持って行くのが大変だったので、今度からは学校に置いておけるようにしたいなと思いました。 -現地に到着したときに空港での手続きなどはスムーズにいきましたか。 佐藤様:そうですね。チェロは問題なかったのですが、到着したときに英語がわからなくて、税関での会話が大変でした。 -税関ではどんな会話をされたのですか。 佐藤様:あまりよく覚えてないのですが、この紙にいろいろ書いてと言われて、紙を渡されたんです。でも地図とかも何も持っていなくて、それをどこに持って行けばいいかも聞けなくて、すごく不安になったのを覚えています。 -なるほど。大変だったようですね。それでは今後についてお伺いしたいのですが、演奏会の出演などご予定はありますか。 佐藤様:25日に愛知県のしらかわホールというところでコンチェルトを演奏します。オーケストラの皆さんと一緒に。 -その後高校入学で再度渡米されるという形ですか。 佐藤様:演奏会の次の日26日に東京まで行ってそこから発ちます。 -そうなんですね。多忙ですね。 佐藤様:そうですね。12月にも日本に帰国してコンサートに出演する機会がありますので、それに向けても準備をしていきたいと思います。 -そんなお忙しい中長い時間ありがとうございました。また、宜しくお願いします. 佐藤様:ありがとうございます。失礼します。

斎藤樹里さん/ジュリアード音楽院ナンシー・アレン先生/先生紹介プログラム/アメリカ合衆国

斎藤樹里さん プロフィール8才よりアイリッシュハープ、12才よりグランドハープを始める。 2016年6月現在東京芸術大学大学院在学中 第24回日本ハープコンクールアドバンス部門第3位。 第27回日本ハープコンクールプロフェッショナル部門第2位 第16回大阪国際音楽コンクールハープ部門第2位 -まずは自己紹介ということで、略歴の方をお伺いしたいなと思います。ハープを始めるきっかけをお教えいただけますか。 斎藤様 私の母もハープ奏者で生まれた時から家に楽器があって、始めるにいたっては自然に始めたのですが、自分でやりたいと言って公式にお稽古を受けだしたのは8歳です。親子だと上手くいかないことが多いので、母の先生に習いに東京まで月1回来てそれ以外の日は母に習っていました。 -では家に初めからハープがあって、ピアノを最初にやってハープではなく最初からずっとハープという形ですか。 斎藤様 ピアノは一応3歳から始めました。一番基礎になることなので、ハープをやらなかったとしてもピアノは、ということでした。 -そのまま進学されて、という感じですか。 斎藤様 そうですね。中学高校は音楽系ではなく普通の私立の女子校に通っていました。その間も東京には月1回か2回はレッスンを受けに来ていたのですが、音楽というより勉強に専念していていた感じはあります。 -大学から音大ですか。 斎藤様 そうです。 -初めて人前でハープを弾いたのはいつぐらいですか。 斎藤様 始めて半年ぐらいです。そのときはまだ1人では何も弾けないので、母が伴奏して「小さな世界」を弾きました。今のグランドハープではなくて、もっと小さいアイリッシュハープというものです。 -オーケストラでも演奏された経験はありますか。 斎藤様 今もしています。 -最近だと、大きなホールで演奏したことはありますか。 斎藤様 今週末に東京交響楽団の演奏がサントリーホールとミューザ川崎に賛助出演ということで。 -素晴らしいですね。そんなお忙しい中ありがとうございます。では今後もオーケストラの方で演奏する機会がありますか。 斎藤様 そうですね。あったら嬉しいですね。お声が掛かったら行くという感じです。 -それ以外で何か、例えば録音に参加したとかありますか。 斎藤様 大学内の演奏会に出演することが比較的多いですね。 -音大だと結構そういう演奏会などはたくさん行われていますよね。 斎藤様 そうですね。学生のオーケストラもありますし、個人的に作曲家の学生が書いた新しい曲を初演することもあります。あと録音も結構します。 -学校にスタジオがあるのですか。 斎藤様 そうですね。 -素晴らしいですね。今回ニューヨークに行かれた訳ですが、今までで海外の先生のレッスンを何回受けられていますか。 斎藤様 数えられないぐらいです。自分で海外に行ったのは今回を含めて3回で、他の海外の先生が日本に来日公演などでいらっしゃると大体平行してマスタークラスというのをやってくださるので、それを受けたことはたくさんあります。 -今回のナンシー・アレン先生のレッスンを受講してみようと思われたきっかけは何ですか。 斎藤様 ナンシー先生はハープの世界の中でとても権威があるとされているイスラエルのコンクールで優勝されている方なのでソリストとしてもすごく有名な先生なんです。それとともにニューヨーク・フィルハーモニックの首席で私の日本での先生もお勧めしてくれて、すごく経験が豊富だからです。 -斉藤さん自身も小さい頃からナンシー先生のことはご存知だったんですか。 斎藤様 そうですね。 -先生に実際会われてみてどうでしたか。どんな方でしたか。 斎藤様 先生という感じでした。若い方だとどちらかというと人によってはお友達みたいな感じの先生もいるんですけど、生徒と先生という距離はちゃんともって、すごく生徒想いなところもありました。今回は初対面ですが、きっと厳しい一面もあるんじゃないかということはレッスンを受けていて思いました。 -第一線で活躍されている方独特の雰囲気というかオーラというか、そういう感じですか。 斎藤様 はい。 -どのような雰囲気でレッスンされていたんですか。 斎藤様 練習はずっとジュリアードの小部屋だったんです。2日間ずっとそこで練習したので、ハープルームと聞いていたお部屋はこんなに小さいのかなと最初勘違いしていて、楽器も2台置いてあって、私が行っている芸大は8台持っているので、ジュリアードは2台なのかなと思って最初びっくりしました。でもレッスンの日に朝そこで練習させて頂いていたら先生がお部屋にいらして、「じゃあ移動するから」と言って移動したお部屋にハープが12台ありました。もうとてつもなく広いお部屋にディスプレイのように楽器が置いてあって、一番その中で状態のいいものを用意されて、実際に弾かせて頂きました。 -ジュリアードってモダンなビルみたいな感じじゃないですか。レッスンスタジオもモダンなスタジオですか。 斎藤様 そうですね。 -ヨーロッパみたいな歴史的な感じではないですか。 斎藤 結構モダンな感じでした。ハープというのは、ほとんどの方が使っているのがアメリカのシカゴにあるメーカーなんです。 -何というメーカーですか。 斎藤様 ライオンヒーリーというところです。ジュリアードのハープが全部そのメーカーで揃えてありました。 -そのハープルームに行って、レッスンは基礎的なことから実践的なことをやっていくような流れですか。 斎藤様 すごくしっかりされている先生だったので、とりあえず何の曲を持ってきたかということと、これまでの略歴と受けてきたコンクール、今年何を受ける予定や留学する予定などたくさん聞かれました。 -コミュニケーションは上手くいきましたか。 斎藤様 やっぱりその点は語学力の不足を感じました。今まではヨーロッパの方のしゃべる英語をレッスンで聞いてきてすごく聞き取りやすかったんですけど、アメリカ人の先生のレッスンを受けたのが今回初めてで、使う単語とかがヨーロッパの方と全く異なり専門用語がすごく難しかった感じはしました。ですがその点はすごく親切に、わからない顔すると言い換えて言ってくれたり代わりに弾いてくださったりしながらレッスンを進めたという感じです。 -その時は先生とマンツーマンですか。 斎藤様 そうですね。誰もいなかったですね。 -すごいですね。すごく充実した90分間ですね。 斎藤様 そうですね。 -ではその中で自分が持ってきた楽曲も見ていただいて、という感じですか。 斎藤様 はい。ちょっと緊張したのは、遠くの方のソファーに座られて「じゃあどうぞ」と言われたことです。先生によっては最初から横に座って、弾きだしたらすぐ止めたりする方もいらっしゃるんですけど、もう「弾いてごらんなさい」みたいな感じです。全部それで通しました。 -その後にいろいろ指導を下さるんですか。 斎藤様 まずコメントをたくさんして下さって、「ここがとってもいいけどもう少しこうした方が良い」と良い点と改善するべき点をおっしゃってくださいました。 -その中でナンシー先生の人間性は見えたりしましたか。 斎藤様 本当にアメと鞭という感じです。あと音の質には妥協しないことです。 -例えば強弱の表現とかですか。 斎藤様 そうですね。私が考えていたアメリカの方の作る音楽とはまたちょっと違うというか、彼女自身がヨーロッパから来た先生に習っていたそうなので。それは理解できるところがたくさんあったのでよかったと思いました。 -アメリカとヨーロッパの違いとはどういった部分ですか。 斎藤様 アメリカはコンクールとかに入る傾向を見ていても、結構エンターテイメント性を問われて客席を沸かせたり楽しく演奏します。音量なども然り。ヨーロッパのほうは音質とか雰囲気とかですね。 -格式とか深みですか。 斎藤様 はい。 -その深みというか、自分の表現を出すための妥協はしないということですか。 斎藤様 そうですね。すごく彼女の音が綺麗だったんです。それは思った以上でした。 -今まで聞いたことがないような音色ですか。 斎藤様 はい。 -ではあっという間にレッスンの時間は終わってしまった感じですか。 斎藤様 そうですね。持っていた曲が長い曲だったので結局最後まではできなかったんですけど、大体マスタークラスではそんな感じで最初の1ページに何十分とかけたりするので、まあ仕方ないかなという感じでした。 -何か先生にかけられた言葉で印象に残っている言葉はありますか。 斎藤様 面白かったのは「親指の音の質をもっと高めたら、もっとあなたの音楽が広がる」と言ってくださったんですけどアメリカでは単語が親指だけ違うようで、フィンガーではなくサムみたいな言葉を言っていて、「なんで日本語には親指という単語がないのか分からない」みたいなことを言いながら、「もっとメロディーラインの音を、深みを持って出せたらすごくいいんじゃないか」と言われました。 -ハープでは親指が弾く役割はベースの音ですか。 斎藤様 親指は右手がメロディーを弾くもので、力強いところと心を込めて弾く所とで使い分けます。 -それは聞いた瞬間になるほどと思いましたか。 斎藤様 思いましたね。これからの課題だと思います。 -何かそれ以外に印象的なことはありましたか。 斎藤様 あとは私の中の課題で左手のベースが乗らないということで、コンクールを受けた時も今ついている先生にも繰り返し言われているのですが、なかなか直せなくてそのままレッスンを受けに行ったらやっぱりそのことも指摘されたので、やっぱり改善すべき点だなと思いました。でもそれに対して具体的にどういう弾き方をしたらもっとベースが鳴るかということを細かく説明してくださいました。レッスンを受けてから1ヶ月ぐらい経つんですけど、それを検証しつつ練習をしているという感じです。 -練習室についてジュリアードの練習室は先ほどコンパクトで、というお話があったと思うんですが、それ以外に何か印象的な点はありましたか。 斎藤様 オートロックだったことですね。生徒さんが案内してくださったんですけど、その日は鍵をもらってなくて、鍵を持ってないと言ったら「トイレに行く時はゴミ箱を挟んで」と言われました。 -そのフロアはハープの方だけが使われている練習室なんですか。 斎藤様 その部屋はハープしか置いてなかったですね。ただ隣の部屋からオーボエが聞こえてきました。 -結構広いフロアの中にいくつもお部屋がある感じですか。 斎藤様 それは日本の音大と同じで小部屋が大量にある感じです。 -時間もお昼まで使って、ということになっていたと思うんですが、時間帯はいつされていたんですか。 斎藤様 案内されたら、もう好きにしてみたいな感じだったので、14時まで自分で練習して自分で帰ったという感じです。 -渡航前にジュリアードはセキュリティーが厳しいというお話を聞いていたのですが、その辺は大丈夫でしたか。 斎藤様 全部事前に言ってくださっていたので、パスポートを渡して24日から26日というのを手書きで書いたパスをもらって、それを受付にいる係の方に見せるとゲートを開けてくれるといった感じで入ることができました。 -中はどんな感じでしたか。厳かな感じでしたか。 斎藤様 結構探検をしてみたんです。私が行っている音大と明らかに違うのは舞踊部門があることで、それが階によって分かれているらしく、私は4、5階にいたんですけど、そこはクラシックをする楽器の方で、一つ階を降りてみたら体格の良い生徒さんがたくさん走っていて、レッスン室を少し覗いたらバレエのレッスンをしていました。ちょっと自分が浮いてしまったのですぐその場から退散したんですけど、曲に合わせて先生が何かを言いながら何十人単位ぐらいでレッスンをしていました。 -もともと芸術の大学というか、そういうイメージなんですかね。 斎藤様 その下に演劇の人がいました。あとジャズの演奏の人たちもいました。 -生徒さんはたくさんいらっしゃいましたか。 斎藤様 結構いました。その中で学生のオーケストラを見つけたのでちょっと覗いてみたんですが、休憩中だったみたいで結局演奏は聴けなかったんですけど、その感じは日本の音大と変わらなかったです。 -学校自体もすごく大きい感じですか。 斎藤様 学校は意外と小さかったです。リンカーンセンターの中に入っているので、その一部という感じでした。 -ではあまり張り詰めた空間もなく、本当に学校みたいな感じですか。 斎藤様 そうですね。 -それ以外のレッスン以外の時間はどうでしたか。 斎藤様 結構計画を立てて観光をしました。ホストマザーがすごくたくさん教えてくれて、持っていたガイドブックで効率よく巡るために毎晩予習をして、彼女にアドバイスをもらいながら行きました。 -結構手取り足取り教えて下さいましたか。 斎藤様 そうですね。 -家の感じはどうでしたか。きれいでしたか。 斎藤様 結構歴史のある家で、地震が起きない国ということもあって、ニューヨークの街全体がそういう感じもあるのですが、いい意味で味があるという感じでした。 -セントラルパークの近くだったんですよね。 斎藤様 そうですね。5軒先ぐらいです。 -セントラルパークには行かれましたか。 斎藤様 行きました。ホストマザーのお宅にもっさりした猫がいて、その子がセントラルパークを散歩するというので同行しました。どうやらセントラルパークで有名な猫だったらしくて、なぜかというと犬に混じって木を登ったりする猫なんです。それであんまり猫は散歩しないのに犬用の首輪をつけてるんです。 -珍しいですね。それで登っちゃうんですか。 斎藤様 登っていましたね。1回早朝にお供をしました。 -結構有名なんですね。 斎藤様 そうですね。飼い主さんがSNSをやっていて、いつも載せていました。 -それは面白いですね。 斎藤様 私は猫を飼っているので、それですごく話が盛り上がってよかったです。 -街の雰囲気はどんな感じでしたか。 斎藤様 まず治安はすごくよかったです。大丈夫とは聞いてはいたんですけどそれでもなお心配で、油断はしないようにしようと思っていたんですが、取り締まりが厳しくなったためかニューヨークはすごく安全な街になったようです。今までで一人旅したのがフランスで、その時はずっと気を張っていたのですが、そうゆう気苦労はいらなかった感じでした。地下鉄だと妖しそうな変な人はいるんですけど、別に絡んできたりもしなかったです。 -比較的自由にいろんなところに移動したりすることに対して抵抗はなかったですか。 斎藤様 一つ心配だったのが、演奏会が欧米は終わるのが遅くて22時に終わるので、ホールがあるリンカーンセンターから自宅まで徒歩10分ちょっとぐらいだったんですけど、夜そこを歩くのが少し心配でした。でも街灯も点いていて人通りも多くてそれに関しては全く心配要らなかったです。 -結構遠くの方というかマンハッタン以外のエリアも行きましたか。 斎藤様 行きました。1週間いたら地下鉄の路線図が頭に入ってきて、だいぶ使いこなせました。 -結構便利に地下鉄でいろいろなところに行けますか。 斎藤様 そうですね。ニューヨーク大学は結構マンハッタンの南のほうにあるので、練習に行く時も地下鉄を使って、それでついで他の場所も見て回って帰るみたいな感じでした。 -何か印象に残っているニューヨークの観光スポットはあったりしますか。 斎藤様 ショッピングモールはいつ行っても楽しいと思うんですけど、チェルシーマーケットなんかがある辺りにハイラインという高速道路があって、ちょうど夕方ごろに行ったらものすごくきれいな夕日が観られました。 -ニューヨークは夕暮れがきれいなイメージがあります。寒さはどうでしたか。 斎藤様 行ってから3日間ぐらいは雨が降って風が凄く強かったので、街中では折畳み傘がひっくり返っている人もいるぐらい、ちょっと大変だったんですけど、3日過ぎたぐらいからものすごく晴れて暖かくなって、日本に帰ってきて最初の印象は「寒い」でした。ニューヨークは12℃ぐらいありました。 -極寒のイメージがあったんですけど、結構過ごしやすかったですか。 斎藤様 そうですね。その日を境にずっと晴れてくれましたので。 -食べ物は何を食べましたか。 斎藤様 食べ物はやっぱりすごくカロリーが高いものと、ものすごくヘルシーなものとの差が激しい印象を受けました。日本で流行っているスムージーやチアシードとか、全部向こう発祥のものなので意識している方はすごく美意識が高くて、ホストマザーの方も週末にヨガをして毎朝スムージーを飲んで、みたいな感じで, それを自然にやっているという感じでした。やっぱりハンバーガーとかはすごく分厚かったです。 -いわゆるローカルフードとゆうか、ニューヨークならではですね。近年ではカップケーキがすごく有名ですよね。 斎藤様 カップケーキは泊まったところのすぐそばだったんです。日本でも行ったことがなかったので、行ってみたんですけどちょっと食べられないぐらい甘かったです。日本と違うと思ったのは、黒人の筋肉ムキムキみたいな感じの方もカップケーキの店員さんにいて、それはどこも一緒でマフィンだったりケーキ屋さんにもそういう方が勤めていたりするので、ギャップが面白かったです。 -何か印象に残っている食べ物とかありますか。 斎藤様 オイスターバーで食べたマンハッタンスープという料理です。本当においしかったです。ものすごく周りの人にお勧めされて、ガイドブックでも一押しでした。あとホテルにジョイントバーというところがあって、まだ日本には上陸していないと思うんですが、カーテンの裏にあるお店ですごく細い路地を入っていくと隠れ家のようにひっそりとあるんです。ただ探してもなかなか見つけられなくて、結局ホテルの方に連れて行ってもらったんですが、すごく人が賑わっているお店でした。 -中に入ったら普通のレストランみたいな感じですか。 斎藤様 はい。でもすごく小さいです。 -それはハンバーガー屋さんですか。 斎藤様 ハンバーガー屋さんです。すごくおいしかったです。 -海外の方とコミュニケーションを取る中で日本との違いは感じましたか。 斎藤様 やっぱりお店の方とかもすごく話しかけてくれました。 -もっと心を開くというか、そういう部分があったらいいなと思うことがあったりしましたか。 斎藤様 心を開くというか、タクシーの運転手さんはものすごく訛った英語を喋るので、伝えるのも聞き取るのもなかなか根気がいりました。初乗りが2ドル50セントでめちゃめちゃ安いのでニューヨークの方も結構使うんですけど、日本と同じサービスを求めてはいけないという印象でした。最後にお支払いをする時に、チップをいくら出そうかなと迷っていたら次のお客さんが構えていて、のろのろしていたので凄く怒られました。 -本当に短い期間だったと思うんですけど、今後につながる発見みたいなものとか、成長できた部分とかありましたか。 斎藤様 結構皆さん時間にルーズなので耐久力がついたかなと思います。あと自分の意思をつき通す強さもすごく大事だと思いました。1回タクシーで道を間違えられてしまって、完全に反対側にいかれてしまって、地図と住所を見せて連れて行ってもらったところが反対側だったんです。公園の中を歩くと20分ぐらいかかるので、「ちゃんと行ってください」と言ったら、メーターを止めてくれたので良かったと思っていたら、結局着いたら「走った分チップで追加しろ」と言われて、「それは違う」と言って口論になりました。言い返して言い返されてみたいなことを続けて、結局半額ぐらい出して降りたんですけど、結構理不尽なことを言ってきました。 -でもそこで斉藤さんは負けなかったんですね。 斎藤様 でも呆れられました。なんでそんなことを言われるんだろうと思っていたんですけど、話しても無駄だという反応をされました。 -向こうも折れないので、こっちも折れられないという時は最終的にそうなってしまいますよね。それはすごく重要な姿勢だと思います。では今回気づいた中で音楽的な部分と生活面での日本と現地の違いというか、例えば音楽の部分でいうと、ここは日本と全然スタイルが違うなと感じた部分はありますか。 斎藤様 向こうの生徒さん達が日本人に比べて自己アピール力に長けているところです。 -例えばどういったことですか。 斎藤様 オーディションを受ける姿勢ですね。ちょうどプレカレッジのオーディションをしていたのでプログラムを見たら自己アピールの時間がありました。 -それはすごく参考になりましたか。 斎藤様 そうですね。最近だと中国人や韓国人がジュリアードに多くて15パーセントぐらいいて、日本人は1桁いかないぐらいなんですけど、中国の方も韓国の方もすごく英語がしゃべれて意欲的なんです。 -それはすごく刺激的ですね。 斎藤様 そうですね。 -生活面はどうですか。 斎藤様 生活面は現実的なことを言うと、ニューヨークは物価が高かったです。 -物価の高さは何を見て一番感じましたか。 斎藤様 食べ物ですね。日本食レストランに行った時にすごくおいしいものが出てきたんですけど、一人前のうどんで22ドルだったんです。日本で食べたら多分1,200円ぐらいのものがそのぐらいでした。 -プラスチップもいりますもんね。 斎藤様 そうですね。あと、飲み物もお水も高かったです。コンビニエンスストアというものがないので、なんかちょっと小腹がすいたという時にちゃんとしたスタバとかのカフェに入らないといけなかったです。 -ニューヨークってコンビニは少ないんですか。 斎藤様 ないですね。 -今後も考えていらっしゃると思いますが、今後ご留学されるにあたって何かやっておきたいことや、やっておくべきことは何かありますか。 斎藤様 とりあえず言語の勉強です。やっぱりレッスンの中で先生が自分に伝えたい事がものすごくたくさんある中で言葉の壁があると、進度が少なからず遅くなりますし、理解に苦しむことがあったり全部が理解できているわけではなかったりするので、その分先生が全く気を使わずに話せて自分も聞き取れるという状態にまで持っていけたら嬉しいと思います。 -確かにそうですね。今後の当面の目標は言語ですか。 斎藤様 そうですね。 -長い時間ありがとうございました。また、宜しくお願いします。 斎藤様 ありがとうございました。

中瀬真依さん/ピアノ/シュリッツピアノ夏期講習会/ドイツ

中瀬真依さん プロフィール-今回、中瀬さんのまず簡単な自己紹介で構わないので、今までの音楽歴とか教えて頂いていいですか? 中瀬様 高校まではずっと勉強勉強の学校に行っていて、大学でやっと音楽ばかりしてる人がいる環境に来た感じです。 -今は1年生?2年生? 中瀬様 2年です。 -2年になりましたか? 中瀬様 はい。 -失礼しました。そうですね。2年生。 中瀬様 はい。 -じゃあ、ほんとに音楽の学校に入ってから、まだ2年目っていうことになるんですか? 中瀬様 そうです。 -高校までは、じゃあ音大目指してお勉強しながら頑張ってきたという感じ? 中瀬様 はい。 -凄いですねえ。じゃあ、今まで講習会とか海外、国内含めて何か? 中瀬様 行ったことなくて、今回が初めて。 -そうなんですね。泊り込みというのは初めてで? 中瀬様 そうです。 -じゃあ、公開レッスンとかっていうのは学校であったりしました? 中瀬様 しました。はい。 -そういうのは受けて? 中瀬様 外国人の先生のレッスンを先生のお宅で受けたりとか、そういうのはあったので、外国人の先生のレッスンに触れる機会というのは何度もあったんです。 -そんなに怖いほうではなかったんですね? 中瀬様 そうですね。 -そうすると、じゃあ、今回初めて講習会ということで。 中瀬様 そうです。 -海外は、でもいろいろ行ってらっしゃいましたよね? 中瀬様 そうです。全部、旅行で。 -大学生になってからですか? 中瀬様 大学生になってからも行きましたし、それまでにも何回か。 -そうなんですね。講習会に参加しようと思われたキッカケって何だったんですか? 中瀬様 去年、旅行でウィーンやザルツブルクに行ったんですけど、音楽祭に行って「やっぱり、外国で音楽っていいなあ」って思って、「じゃあ、次は自分が勉強しに行きたいな」って思うようになったので、講習会をいろいろ探してみて。 -そうですね。いろいろご検討頂きました。最終的に、この講習会に決められたわけなんですけれども、決めたポイントっていうのは? 中瀬様 かなり迷ったんですけど、どうせ行くなら、もうレベル高いとこで、せっかくの機会だしと思って。 -ちょっと心配してらっしゃいましたもんね。最初。 中瀬様 心配してましたね。 -でも、実際どうでした?行かれてみて。 中瀬様 実際行ったら、凄い楽しくて。みなさん経歴も物凄い人ばかりだったんですけど、とても親切にして下さって。年上の方ばっかりって感じだったので。なので可愛がってくれるような感じで、ありがたい環境でした。 -今回、日本人の方も多かったですもんね? 中瀬様 16人。 -16人。凄いですよね。 中瀬様 参加者の半分ぐらいいらっしゃって。 -他はどう? 中瀬様 でも、日本人の方も5人以外は、もう全員留学されてて。 -現地からの参加だったんですね? 中瀬様 そうです。だから、やっぱりちょっと感じも違ったんですけど。 -そうなんですか。じゃあ、純粋にまだ日本でお勉強しててっていうのは? 中瀬様 5人です。 -じゃあ、みんなお姉さん方が。 中瀬様 そうです。 -頼もしく見えますね。 中瀬様 そうなんです。みなさんもうドイツとかフランスに留学して、そこから来てるという人で、留学組ばかりという感じでした。 -凄いねえ。他の国の方って、どんな方いらっしゃいました? 中瀬様 ルーマニア出身でウィーンに留学してる人とか、中国出身でドイツに留学してる人とか。 -みんな留学してる人なんですね。 中瀬様 そうです。あとアメリカ、ポルトガル、スペイン、ドイツなどです。 -じゃあ、その辺の国の方は一人とかお二人とかですか? 中瀬様 そうですね。一人、二人。 -やっぱり日本人が多い? 中瀬様 そうです。日本人が多くて。はい。 -分かりました。そうすると、皆さん大体、年上の方で。 中瀬様 年上でしたね。 -レベルとかどうでした?皆さん。 中瀬様 勿論みんなレベル高いんですけど、その国の民族性が染みついてるって言うか。日本人と演奏が違う感じを凄い受けて、面白かったです。 -留学なさってる日本人の方っていうのは、やっぱりちょっと日本人っていうのとは違う? 中瀬様 違いましたねえ。日本のコンクールや演奏会とかで聴くような感じと全然違って。みんな凄い伸び伸びと弾いてる感じで。 -皆さん、長く留学なさってる感じですか? 中瀬様 そうですね。もう高校卒業してから留学してるから、5年目、7年目とかいう人もいたし、大学卒業されてから今、3年目なんだっていう。 -それでも3年目なんですね? 中瀬様 そうなんです。もうなんか慣れてるようなって感じで。 -じゃあ、皆さん、海外生活とかっていうのは普通にされてて。 中瀬様 そうなんです。 -じゃあ、その中だったら、そんなに一人で初めて行っても寂しい感じとかはなかったですね。 中瀬様 はい。 -講習会、今回いろんな先生からレッスンを受けられるっていうものだったんですけども、実際には? 中瀬様 結局、7人の先生で。6人の先生2回と、1人特別ゲストの13回だったんですけど。ほとんど毎日レッスンで、違う曲持って行かないといけないので、こなすのも大変だし、レッスン受けた後、復習もしたいけど、次の日のレッスンの準備もしたいっていうので、とても大変でした。 -そうですよねえ。7人の先生って。毎回、先生によって曲は変えるんですか? 中瀬様 変えました。やっぱり、その先生の得意分野とかを持って行きたいかなあと思ったので、変えたんですけどね。中には結構もう弾いてた曲もあったんですけど、それでも新しい発見ばっかりで。「ああっ、こんな観点から見たり弾いたりしたら面白いなあ」っていうのばっかりで。 -そうなんですねえ。先生によっても。同じ曲を見てもらった先生とかっていうのは? 中瀬様 います。同じ曲を2人の先生にとかもあったんですけど。でも、また違う観点で。相反することを言われるとかじゃなくて、もうどんどん新しい感じで、凄い良かったです。 -そうすると、曲はいくら持って行っても足りないぐらいの。 中瀬様 そうですよ。もっと持って行った方が良かったなあって。大変だったけど。 -結局、何日間?期間は。レッスンがしてもらえる期間っていうか。 中瀬様 一応、20日間の中で。 -そうすると、ほんとに。1日2回あったりもしました? 中瀬様 ありました。でも、2回目のレッスンが30分だったんで。でも、30分以上は勿論してもらえたんですけどね。30分の方がちょっとは楽かなっていう。60分×2回だったらもう。 -相当大変ですよね? 中瀬様 はい。 -週3回ですもんねえ。他の方のレッスンとかも聞いたりとかは? 中瀬様 聞きに行きました。 -どうでした? 中瀬様 い先輩方のレッスンを聴講させてもらったんですけど、とてもレベルの高いところでの話をされてたりとか。自分が弾いてる曲でレッスン受けてる方もいたので勉強になりました。 -同じ曲で? 中瀬様 同じ曲で。でも、その人の個性とかを大事にして、先生がレッスンされてるから、違うポイントとかをおさえてレッスンされてたりしたので、凄い勉強になりました。 -勉強になりますよねえ。 中瀬様 あとやっぱり自分が受けてると、弾くことに一生懸命になっちゃうけど、人がレッスン受けてるのを聞いていると、リスニングの練習にもなりますよね(笑)。 -先生達、言語はどうでした? 中瀬様 英語とドイツ語はもう皆さんペラペラで、あとフランス語もいけるよって。英語でのコミュニケーションで不自由なくいれたので良かったです。 -皆さんどうでした?英語で受けてる方が多かったですか? 中瀬様 ドイツ語と半々ぐらいでした。ドイツに留学されてる人は「ドイツ語の方がいけるわ」って言ってました。 -ドイツ語のそのレッスンとかは普通に分かりました? 中瀬様 やっぱりレッスンだと、弾いたりジェスチャーとかでなんとなく単語もこれかって感じで分かりますねえ。 -想像しつつ。 中瀬様 そうです。 -じゃあ、英語もちゃんと先生方がお話して下さるんなら安心ですね。先生は結局7人ですよね? 中瀬様 はい。 -エビ先生のレッスンってどうした? 中瀬様 海老先生はもちろん日本語だったので凄い安心感がまずそこにあって。レッスン以外の日常の時にも助けて下さって、とてもあたたかい先生でした。レッスンでは、自分がこう弾きたいっていうことを大事にした上でのアドバイスを頂けたので、とても自分の為になりました。 -エビ先生もいろいろと海外で沢山教えてらっしゃいますので。日本の先生ってどうですか?教え方としてやっぱり違いました? 中瀬様 今あるものをこう弾くっていうよりも、もっとこう想像してインスピレーションの受け方とかも違う視点で言われたりとか。練習室とかレッスン室の環境が全然日本と違うので、自然に囲まれてて。だから、その環境とそのレッスンと先生とで、凄い違う。 -効果が凄い何倍にもなって。 中瀬様 そうですね。はい。 -場所はどんな感じのとこでした? 中瀬様 ザ・田舎です。 -ひと言で言えば田舎。 中瀬様 ほんと何もなくって。宿泊のとこと練習室で、周りがもう森っていう感じなので、緑しかほんとになくて田舎でした。ほんとに気持ちのいい田舎っていう感じで。 -暑さとかはどうでした? 中瀬様 一週目が37℃で物凄い暑くて、虫とかも凄かったんですよ。クーラーもないし。近所のスーパーですぐ殺虫剤買ってきて、すぐ使いまくりました。 -近所にスーパーはあるんですね? 中瀬様 はい。歩いて10分ぐらいのとこに大きなスーパーがあったので。 -じゃあ、皆さんそこで? 中瀬様 そこで全部買い物して。2週目からはもう20℃ぐらい。 -いきなり? 中瀬様 はい。そうです。 -体調壊しますよね? 中瀬様 そうです。だから、ほんとにほんとに気をつけて。朝は涼しくて気持ちのいい朝でした。 -じゃあ、日本に帰ってきたら暑かったですよね? 中瀬様 そうですね。むしむししてるし。 -場所の中は、宿泊する所とレッスンとか練習とかっていうのは別々でした? 中瀬様 一応、別々なんですけども、歩いてほんと30秒ぐらいのとこで。すぐ移動できるし、ちょっと休んで「じゃあ、練習行こうかな」っていうのが軽くできるので良かったです。 -お部屋は? 中瀬様 部屋はちょっと大変で、3人部屋だったんですよ。本当は2人部屋のとこを3人で使わされた感じで。前泊してた3人が同じ部屋にされたんですけど、その前泊の時にまだ前の歌の講習会の方達とかがいて、部屋がたぶん1部屋しか空いてなくって、そこに詰め込まれた感じでした。 -ストレスですね? 中瀬様 そうです。日本人のお姉さんとアメリカの子が一緒で。日本人のお姉さんいたので良かったんですけど。 -そこ仲良くはできました? 中瀬様 できました。 -よかったです。 中瀬様 アメリカの子とは最初コミニケーションとるのが大変で。凄いスピードで喋ってくるので初めはそれに圧倒されて。でも、頑張ってなんとか会話しようとしていたらコミュニケーションもとれてきて、いろんな話ができるようになりました。 -良かったですね。 中瀬様 すごく仲良くなれて。 -終わった後も連絡とったりとかは? 中瀬様 もちろんとってます。はい。 -そうなんですね。 中瀬様 ほとんど全員がfacebookをやっているので、たまに、元気にしてる?とかメッセージをやり取りしたり、学校や街の様子の写真を送ってくれたり。 -練習室っていうのは、結構、使えたっていう風にアンケートの紙に書いて下さっていたんですけど、どんな感じで? 中瀬様 14、15ぐらい部屋があって、もう全部マネージメントされてる先生がスケジュール全部組んで下さって、「あなたはこの時間からこの時間までこの部屋を使って、何時からはこの部屋を使って」と全部一覧表にして下さってたので。練習室を取らなくちゃっていうのはなくって、決められた時間に行って練習してっていうのが、毎日5時間ぐらい。 -凄いです。 中瀬様 でも、コンクールとかコンサートとかある日は、もう3時間とか2時間とかいう日もあったんですけど。 -スケジュールを全部組まれて。 中瀬様 全部組まれて。はい。 -じゃあ、レッスンとかもそこにキッチリ入ってる? 中瀬様 そうなんです。語学レッスンもちゃんと考慮して下さってたので、私の場合は午後から練習を入れてもらえて。全部一覧表に。 -じゃあ、分かり易くて。じゃあ、結構、システムとしてはちゃんとしてる。 中瀬様 とても良かったです。 -語学はどうでした? 中瀬様 語学は、常に英会話をするって感じで。先生が2人いらっしゃって、ローテーションだったんですけど。それがあったから、外国の人達とも友達になりやすかったりとかしたので、本当に受けて良かったです。 -何人ぐらい受けてらっしゃいました? 中瀬様 シニアが4人で、あとジュニアの子2人が来たので、ジュニアのいる時は6人。 -じゃあ、そこは一緒にやるんですね? 中瀬様 そうです。一緒でした。ジュニアの子も一緒に一週間だけやって。 -じゃあ、そのジュニアの子達っていうのは、講習会では特に一緒にはならないんですか? 中瀬様 でも、一緒でしたね。レッスンも受けてる建物一緒ですし、ご飯を食べてるのも一緒だし、演奏会を聞きに来てる子達もいました。レッスンを聴講しに来てくれたりもしました。みんな良い子で、とても可愛くて。シニアはお兄さんお姉さん方で、なんとなく壁があったんですけど。だから、ジュニアの子達の方が近い感じで。ずーっと一緒に話してたり遊んでたりとかしたので、とても仲良くなりました。 -でも、ジュニアの子っていうのは、ちょっと期間が違いますよね? 中瀬様 ジュニアはシニアの3週間のうち真ん中の1週間だけだったので、途中で。 -寂しかった? 中瀬様 とても寂しかったです。 -ジュニアの子達っていうのは何人ぐらい? 中瀬様 14人かな。 -じゃあ、結構いるんですね。やっぱり。 中瀬様 そうですね。 -でも、そっちはそんなに日本人は? 中瀬様 2人だけでした。 -じゃあ、語学の方を受けてたのっていうのは、日本人の方? 中瀬様 日本人の男の子1人と、あとリトアニアの子が1人。 -大人から来てる人は? 中瀬様 スペインから1人と、あと日本人で、今、オーストリアに留学されてるお姉さんと、あと日本から来た1コ上の。 -じゃあ、半分日本人って感じですか? 中瀬様 そうです。どうしても日本語で「あれ、何て言うんやろ?」みたいな感じで喋っちゃうので。 -先生に「ノー」って言われました? 中瀬様 日本語禁止って言われました(笑)でも、どんどん英語喋るのも抵抗が全然なくなって、ちょっと文法メチャクチャでもいいやってなれたので良かったです。 -語学は毎日? 中瀬様 毎日です。日曜日以外、毎日1時間半。 -朝? 中瀬様 朝9時から10時半まで。 -練習して。 中瀬様 クタクタで。 -そうですよねえ。疲れませんでした? 中瀬様 結構、疲れましたねえ。 -そうですよね。朝、起きれるんですか? 中瀬様 朝は頑張って起きて、8時からご飯なので、それまでに起きてご飯食べて、語学行って。  -じゃあ、語学がない方は、その時間に練習してたりしてた? 中瀬様 その間にレッスンがあったりとか。 -じゃあ、それぞれでちゃんとスケジュールが組まれていると? 中瀬様 はい。 -じゃあ、朝起きたら、みんな8時にご飯に行くんですか? 中瀬様 そうです。でも、みんなだんだん脱落していって、最後の方ほとんどいない感じになって。朝起きれないって言って。 -疲れて? 中瀬様 疲れてヘトヘトで。 -でも、ご飯の時間っていうのも決まってるんですね? 中瀬様 決まってました。 -8時から9時までとか? 中瀬様 はい。 -じゃあ、遅れて行ったらもうない? 中瀬様 もう入れてもらえないです。 -入れてもらえないですね。お昼ご飯は決まってる? 中瀬様 お昼は13時~13時半でした。 -30分で食べる? 中瀬様 そうでしたね。夜も18時半~19時。 -早いですね。演奏会に行ったりっていう時は? 中瀬様 ご飯はなくって、「パンとか適当に持って行っていいよ」みたいな感じで言われるんですけど、演奏会を聞きに行った先でご飯食べることが多かったです。レストランにみんなで行って。 -それは自分で好きな物を頼んで食べる感じなんですか? 中瀬様 そうです。はい。だから、もう自腹ですけど。 -どんな物を食べました? 中瀬様 お肉物が多かったですね。1回お米が恋しくなっちゃって、タイ料理のお店に行って、久しぶりにお米を食べて、「懐かしい」って。 -タイ料理屋さんどこにあったんですか? 中瀬様 フルダって言って、シュリッツから30分ぐらいの所に。コンサートで行った時に見つけて。外でラーメン食べてる人がいて「ああっ、ラーメンだ」と思って行ったら、タイとかアジア系のがあったので。外で食べる時は充実してました。ご飯が美味しかったです。 -結構、たくさんありました?食べる所とか。 中瀬様 ありましたね。留学されてる先輩について行ったら、もう安心なので。結構、いい物が食べれて良かったです。 -でも、講習会場の周りとかには、そんな食べる所とかありました? 中瀬様 テイクアウトするようなお店とか。ピザ屋さんとかケバブ屋さんとかがある感じですね。あとカフェが沢山あったので、練習の合間とかにアイス食べに行ったり、お茶しに行ったりしました。 -寮のご飯はどうでした? 中瀬様 正直残念な感じです。お昼はいいんですけど、夜がなんか。 -なんですかね?その差は。 中瀬様 ほんとにそうなんです。「ええっ」とか思うような感じで。朝はパンとちょっとしたサラダとチーズ、ハム、飲み物。 -それで好きな物をとってきて食べるんですか? 中瀬様 そうです。全部そんな感じで。お昼も、「これとこれとどっちがいい?」みたいな感じで選ぶ時もあったり、もうポンポンポンって入れられていくような。 自分でお皿持って行って。 -例えば、お昼はどんな物ありました? 中瀬様 お昼は、1回パンでチーズ上に乗せて焼いてて、パイナップルが乗ってるみたいなハワイアン~っていう。 -トースト的な? 中瀬様 そうです。とか、あと、でも、お昼はいろんなほんとに普通の。全部、毎回違う。普通に美味しいなあって思いながら食べてる感じでした。ペンネの時もあったし。 -それは普通に美味しい? 中瀬様 良かったです。 -でも、夜になるとそれが。 中瀬様 そうなんです。夜は。 -夜はどんな物食べました? 中瀬様 夜はパン。 -パン? 中瀬様 ほんとにそんな感じで。もうだから、これはあかんなぁって言って、みんなで外に行って、ピザをテイクアウトして、練習棟の地下で結構広いスペースがあったので、そこでみんなで食べて。 -夜のパンって、朝のパンみたいな? 中瀬様 そうです。朝の残りやんっていう。 -それを皆さん召し上がってるんですか? 中瀬様 今日は止めようって言って。見に行ってUターンするみたいな。 -毎日そんな感じ? 中瀬様 そうです。でも、ほとんどコンサートで出かけてる感じで。次の日にコンサートを控えてる人は残って練習してるので、あんまり食べる人がいなかったから、そのパンとか。 -作っちゃたりしても余っちゃったりするから。 中瀬様 なのかなっていう。 -よく考えれば。 中瀬様 そう。 -寮のお部屋で、ご飯食べたりっていうのは出来るんですか? 中瀬様 出来ましたね。でも、部屋っていうよりも地下のカフェテリアみたいなところで。テーブルとイスがあったので、そこでみんなで集まってワイワイ食べてるとかが多かったですね。 -お茶飲んだりとかっていうのも出来る? 中瀬様 全然。はい、大丈夫です。 -お湯沸かしたりとか? 中瀬様 お湯はないので、持ってきてる人は自分で沸かして。 -それ、どこで沸かせたんですか? 中瀬様 部屋で。お水はスーパーで買ってきて。飲み物はそうして。 -結構、10分歩くってなると、スーパーで物買ってくると大変じゃないですか?水とかね。 中瀬様 でも、気分転換になってたので、お菓子とかも全部スーパーで。 -買ってきて。 中瀬様 はい。 -でも、料理とかは出来ないですよね? 中瀬様 料理はできないです。 -ちょっと出来るとね。 中瀬様 そうなんですよね。また違うかなあと思ったんですよね。 -演奏会っていうのは、合計、結局、何回やったんですか? 中瀬様 一人2回ずつ出れたので、7回ぐらいありましたね。 -出ない時は聞きに行って? 中瀬様 そうです。全部聞きに行って。いろんなとこで弾いたり聞いたりでしたね。 -なんか凄い会場とかありました? 中瀬様 ファイナルの会場とかはやっぱり凄くて、壁に絵が描いたりとか、天井に絵が描いたりとか、そんな感じだったんですけど。普通の時は、美術館になってる所があったり、大きな総合病院で弾いたりとか。あと、公民館みたいな地元の人が使ってるような所で弾いたりだとか、結構、アットホームな雰囲気なとこが多かったです。 -地元の方が聞きにいらっしゃった? 中瀬様 地元の方だったんですけど、結構、いっぱいいらしてて。 -やっぱり、それ楽しみになさってるのねえ。 中瀬様 自分達も結構、バスで1時間とか移動して行くのに。だから、そんなわざわざそんな遠い所まで聞きに来てくださって有難いなあって。毎年、やっぱり楽しみにされてるみたいで温かい人達ばっかり。 -病院の中って、どこで弾いたんですか? 中瀬様 病院のロビーで、私弾いたんですけど。結構、人も行き交ってたりはしました。 -病院の方がいるってことですか? 中瀬様 そうです。立ち止まって聞いて下さったりとか。 -ちゃんとグランドピアノが置いて。 中瀬様 そうです。ヤマハだったかな?が置いてあって。弾いたこともない環境だったんでどうなるかなあって少しドキドキでした。 -響きとかも全然。 中瀬様 全然違いましたねえ。 -ざわざわしてるんですよね。周りも。 中瀬様 一応、人の行き交う通路はストップかけてたので。やっぱり空気感は違いますね。でも、みなさんが聞いてくれてるっていうのが分かったので、とても気持ち良く弾けて。 -何を弾かれたんですか?そこで。 中瀬様 そこではリストのメフィストワルツを弾きました。コンサートの一番最後に弾かせていただいたのですが、みんな盛り上がってくれて、とても楽しかったです。 -良い経験でしたね。 中瀬様 はい。 -なかなか出来ないですね。 中瀬様 出来ないです。ほんとに良かったです。 -じゃあ、皆さんそうやって聞きながら評価したりとか、なんかそういうのあったりしますか?先生がこういう風にやってくれるとか。 中瀬様 コンクールを兼ねてたので、そこで評価をしてたりはあったとは思うんですけど。 -お互いに何か意見を交換するとか。 中瀬様 そういうのは特になくて、終わった時に聞いてた人達が「良かったよ」みたいな感じで駆け寄ってきてくれたりハグしてきたり、先生方にもフランクに接して頂けて、終わった後「あそこ良かったよー」など話しかけてくださって、ほんとに温かい雰囲気でした。 -先生達は常にコンサートには付いて。 中瀬様 はい。常に付いて下さって。 -審査も兼ねて。でも、途中で先生入れ替わったりっていうのはあります? 中瀬様 先生達は期間の前半と後半で入れ替わって。前半でみんなだから一回弾いて、後半で一回弾いてっていう感じになってます。 -後半の先生と前半の先生に聞いてもらってっていう。 中瀬様 私の1回目のコンサートは、期間中で一番最初のコンサートだったんですよ。講習が始まった次の日に、「明日、あなた弾いてね」と言われて。 -その時は、もうレッスン受けてるんですか? 中瀬様 1回だけ受けてます。でも、受けた曲じゃない曲を弾いてって言われて、「はあー」ってなって、もうなんか訳が分からないままだったんですけど。 -その時は何を弾かれたんですか? 中瀬様 「喜びの島」を弾きました。1回目弾いてから、しばらくないなあと思ってたら、2回目は期間の一番最後のコンサートで。 -曲もこれ弾きなさいっていう風に言われて? 中瀬様 指定がくるんです。それも前日に発表なので。たまたま一番最初と一番最後のコンサートは、弾く前に喋らなくちゃいけなくて。他のコンサートだったら喋らなくても良かったんですけど、たまたま私の出させていただいた演奏会は喋らなくちゃいけなくて。 -何喋るんですか? 中瀬様 でも、喋るって大したこと喋らないんですけど。挨拶して、自分はどこから来て、どこどこで勉強してて、この曲を今から弾くとかを基本言って、こういうとこ聞いてほしいとか、こういうのが好きなんだとか喋ってる人もいました。弾くだけで緊張するのに。 -しかもねえ、日本語じゃないですからねえ。なかなかそれは出来ないですねえ。 中瀬様 拙い英語ですが頑張って喋ったら、みなさんとっても温かく聞いてくださりました。 -じゃあ、そのコンサートに出る方は、みんなそれ一人ずつ? 中瀬様 そうです。はい。喋って。 -最初のコンサートはどこで? 中瀬様 シュリッツの学校の中でのオープニングコンサートっていう感じだったので、結構こじんまりとした感じの所で弾くっていう。お客さんとの距離も近くて、背中側からもお客さんが見てるっていう感じで。どこからも視線感じるなっていう中で弾いて。 -お客さんは、やっぱり多いですか? 中瀬様 そうですね。結構、集まっていただけるんだっていう印象を受けました。 -じゃあ、地元の楽しみにしてらっしゃる方とか、音楽好きな方とか。 中瀬様 とか受講生の人達が来たりとかで。 -そうですね。受講生だけでも三十何人とかですもんね。 中瀬様 はい。 -コンサートは、みんな一緒に行くんですか? 中瀬様 みんな一緒にバスで連れて行ってもらいました。 -今日行かないっていうのは? 中瀬様 でも、それはあります。「次の日コンサートあるから、今日は止めとくわ」って。 -そういうのは許されるんですね? 中瀬様 全然。自由な感じで。行くと、帰ってきたら23時半とか結構遅くなっちゃうので、やっぱり1時間、2時間バスに乗るから大変だしって言って、止めとく人もいます。 -好きにそこはやっていいんですね? 中瀬様 そうですね。「何時に出発するから、行く人は来てね」みたいな感じで。- -常にバスで行く? 中瀬様 常にバスでした。はい。 -みんな乗れるんですか? 中瀬様 みんな乗れる大きなバスをチャーターしてもらってて。 -じゃあ、何時に集まってみんなで行きましょうって感じになって。ご飯、現地で食べてたりしてもちゃんと帰ってこれる? 中瀬様 ちょうどリハーサルの時間が出演者の方達はあって、その間に出ない人達がご飯を食べるっていう。 -上手くできてるんですね。 中瀬様 そうなんですよ。ご飯食べて19時半からとか20時とか演奏会が始まる。そういう風に上手くできてました。 -講習会の周り、会場の周りで何か遊べる所とかって何かありましたか? 中瀬様 遊べる所はなかったですね。少しぶらりとお散歩はしましたけど、やっぱりバスで外に出なくちゃ街には行けない感じでした。 -そこの会場とコンサートがあった会場の辺りで言うと、どっちが田舎なんですか? 中瀬様 練習棟のある会場ですね。 -やっぱり。 中瀬様 そうでしたね。コンサートのとこに行くと、お洋服屋さんとかがあったり。 -じゃあ、特に遠くに出かけたりっていうのは?コンサート以外では。 中瀬様 そうですね。1回だけバスに自分達で30分ぐらい乗って、フルダに遊びに行きました。コンサートの時だとそんなに時間はないので、教会とか行ったり、ショッピングしたりとか出来ました。 -どんなお店ありました? 中瀬様 本屋さんやお洋服屋さん、大きなデパートもありました。こっちで言う三越みたいな感じのとこもあったので、そこで買い物したりとか。 -お土産買ったりとかもしました? 中瀬様 はい。 -なんか特産品とかあるんですか?そこ。 中瀬様 特にあんまり。空港で売っている感じの物が多いかなあっていう。他に買う時間がないので、そこでちょっと買っとこうかなあって思って。買える物は買っとこうと思って。 -じゃあ、それが唯一、自分で行った遠出みたいな感じですね? 中瀬様 そうですね。 -じゃあ、あとはほんとに大きなとこ行ったのは空港? 中瀬様 空港。夜19時の飛行機だったんですけど、朝の8時に出発って言われて。 -そんな早くだったんですか? 中瀬様 そうなんです。フランクフルト行くのはその便って言われて。たまたま日本人3人が同じ飛行機だったので、空港に着いてから荷物だけちょっと一時的に預けて、フランクフルト中央駅まで電車に乗って、ちょっと観光して行きました。 -どうでした?フランクフルト。 中瀬様 やっぱり金融の街っていう。 -ビルとか多いですもんね? 中瀬様 ビルも多くて高くて。 -都会的な感じですよね? 中瀬様 はい。ちょっとフランクフルトを歩いて 「観光に来た!」「やっとドイツだ!」って言って、パシャパシャパシャパシャ写真撮ったり。「1回電車にせっかくだから乗りたいね」って言って、切符を自分達で買って、「わあっー、切符買った」みたいな、ほんとに観光客のようなことをして。それで、ちょっとドイツ満喫できたかなと思って良かったです。 -電車とかはどうでした?怖くなかったですか? 中瀬様 全然大丈夫でした。 -じゃあ、そんなに空港で不安になったりとかっていうのは? 中瀬様 全くなかったです。ずっと友達と一緒に行動できたので。 -行きはどうでした? 中瀬様 行きも結局、同じ飛行機に講習生が4人乗ってて。現地に行ってからしか分かんなかったんですけど、向こうのピックアップの時に、「あれっ、あの飛行機乗ってったんだあ」って。 -じゃあ、その送迎の時は、みんな集まってきてっていう感じ? 中瀬様 そうです。全部、日本人。スムーズに、待ってくれてる人を探せて良かったです。 -なんか荷物のトラブルとかも特になく?皆さん大丈夫だった? 中瀬様 はい。何もなく。 -そうなんですね。良かったです。 中瀬様 飛行機も心地よかったです。 -良かったです。じゃあ、大きなトラブルとか、なんか困った事とかってなかったですかね? 中瀬様 何もなかったですね。 -他の方が、なんかこんな事あって困ってたよみたいなのは、特に無かったですか? 中瀬様 今回、何も。みんなスムーズに行ってましたね。 -ホームシックになったりとかもなかったですか? 中瀬様 行った日はやっぱり寂しかったり、暑かったり、イライラしてきて。部屋も3人ギュウギュウだし。ストレスを感じたんですけど。 -そんな事言ってられないですよね。もうレッスンとか始まったらねえ。 中瀬様 レッスン始まっちゃうし。 -お友達を作るコツみたいなのってありました?その海外の方と。 中瀬様 笑顔で話しかけることは心がけました。本当にそれだけで、気がついたら、みんな「まいー!」ってたくさん話しかけてくれたり仲良くしてくれました。 -なんか孤独な感じの人とかは、中にはいなかったんですか? 中瀬様 いなかったですね。常にみんなが同じ空間にいるので、比較的いつもワイワイと。 -じゃあ、割と講習会の中で、みんな仲がいいっていう感じなんですか? 中瀬様 そうですね。 -あんまり、あの子上手だからとか、そういうのないんですね? 中瀬様 もしかしたら、みなさん心の中では思っていたかもしれませんが。もちろん競争心もあるので。 -でも、仲良くは。 中瀬様 そうですね。刺激を受け合うという感じで、良かったです。 -じゃあ、皆さんそうやって仲良くなって、その後もさっきも仰ってましたけど、連絡とりあって。 中瀬様 そうですね。 -日本人のお姉さん達とも連絡は? 中瀬様 とってます。素晴らしい方で。ほんとにピアノも素晴らしいし、人間的にも尊敬できるお姉さんで。 -凄いラッキーでしたね。 中瀬様 そうですね。私もこのようになりたいな、と憧れのお姉さんです。 -行って、何か凄い自分で一番変わったなとかって思うことって、どういう所ですか? 中瀬様 抽象的にしかうまく言えないんですけど、前向きになれたなあって。ピアノに対してとても感じてて。今までは、ピアノやっててもその先どうしようみたいな感じがあったりとか。やっぱり就活するとかいわゆる総合大学のような勉強をやって、将来いく方がいいのかなとか思って。 -安定とか考えるとそうですよね。 中瀬様 だから、結構、どうしようどうしようみたいな感じのままピアノやってた感じもあったんですけど、向こう行って、年上の方の話聞いてたら、25歳過ぎて今頑張らなくちゃいけないんだっていう話を聞いたりとか、ピアノに対して真剣に、でも楽しそうに勉強されてる先輩を見たり話聞いたりしたら、焦んなくてもいいし、今ピアノに真っ正面から向き合って頑張って勉強しようって思えて。言葉にするのは難しいけど、自分の中でほんとに前向きに変わりました。 -なんかそういう、じゃあ、どうしようかなっていうような変な悩みって言うとおかしいですけど、そういうモヤモヤっていうのはあまり? 中瀬様 なくなっちゃって。 -なくなっちゃった? 中瀬様 音楽が、ピアノが、楽しいなあって思って。 -それは、本当にいい事ですね。 中瀬様 向こう行って、いろんな作曲家の曲とか、全然知らない曲とかも聞いて、「あっ、こんな音楽があるんだあ」っていうのも分かって、本当に楽しいなあって思いました。 -やっぱり、それは日本でお勉強するだけでは分からない? 中瀬様 全然、分からなかった。この夏、コンクール受けようか、外国行こうかっていう、その二択があったんですけど、やっぱり自分にとっては、コンクール受けるだけでは全然感じられないことばかりだったなって。 -じゃあ、今は、前以上に頑張ってピアノと向き合って。 中瀬様 楽しいので。今は。とても音楽が楽しいから。 -いいですね。 中瀬様 ちょっと楽になれた感じがします。 -良かったですね。それは。留学をしてみたいとかっていう気持ちも? 中瀬様 思いました。 -ありますか? 中瀬様 はい。今までは全然思わなかったんですけど。ちょっと1カ月ぐらい行ってみたら満足かなとか。でも帰ってきてから、こんなゴミゴミした中でやっててもどうなのかなあって思って。留学したいなあって思いました。 -思いましたか? 中瀬様 はい。 -だって、響きとかも全然違いますもんねえ。楽器も違いますしねえ。 中瀬様 楽器もほんとに良かったです。見たことないピアノだったんですけど、ドイツのピアノで、アクションも違うし、響きも違うし。ずーっと伸び伸びできる感じでした。 -帰ってきたら、そのギャップが。日本で弾くとやっぱり違いますよね。全然違うと思って、ジレンマになったりしないですか? 中瀬様 あるんですけど。でも今は、東京にいるからこそ出来る、たとえば簡単に一流の演奏、演技、モノに触れることが出来るとかそういうことを大事に、自分の引き出しを豊かにしていこうと思います。 -そうですね。前向きなところ。じゃあ、今、大学卒業して、そろそろ2年生なので、あと2年ちょっとあるわけですね? 中瀬様 はい。 -じゃあ、卒業したら、また次の道として。やっぱりドイツって考えますか?  中瀬様 そうですね。でも、他の国とかも講習会でまた行ってみたいなあって。 -そうですよね。行ってみないと分からないですもんねえ。 中瀬様 それは思いましたね。 -そうすると、また夏休みとか。 中瀬様 夏とか春とか。 -学校がお休みの時はね行けるんで。 中瀬様 そうですね、行きたいなあと思って。 -やっぱり、でもヨーロッパは考えますか?アメリカとかって。 中瀬様 アメリカは怖いイメージがあるので。旅行では行ってるんですけど、ちょっと今は怖いかなあって。やっぱり、事件とか見てるとどうしても。 -そうですね、その時々で、どこが危ないかっていうのは違いますけどねえ。  中瀬様 パリもいろいろあったので。行ってる間にも。 -一時期ねえ。  中瀬様 ドイツ良かったなって。 -その森の中っていう感じも、多分、日本では体験できないことだと思うので。ほんとに、このゴミゴミした所との差は凄いと思いますね。 中瀬様 そうなんです。だから今東京にいる間は、東京での良い刺激を吸収しといて、を大事にしようかなと。 -その土地土地じゃないと出来ないことって、やっぱりあると思うんでね。じゃあ、これからまたコンクールを受けたりとか。 中瀬様 受けたりとか。自分のレパートリーをいっぱい増やしたいなあって。今まで、どうしても自分はこの曲が好きだからと思って、そればっかりやってたので。 -そうなんですか? 中瀬様 リストが大好きでリストの曲ばっかりやっていたので。ちょっと視野が広がったかなっていう。 -どの辺が気になり始めました?今。 中瀬様 ブラームスとかシューマンとか、今までノータッチっていう感じだったんですけど、「勉強してみたい!弾いてみたい!」と思って。あと、ロシアの子が弾いてるロシア音楽を聴いたら、「あっ、凄い」と思って。「ロシアってこうなんだ」「こういう音楽なんだ」とかって思ったので、ロシアの作曲家もやりたいなあと思ったり、他の近現代の全然知らない土地の作曲家とかも面白いなあって。ほんとにいろんな音楽を知りたいなあって思いましたね。 -じゃあ、これから目標がいっぱい出来て楽しいですね。やっぱり。 中瀬様 ほんとに。あと、語学をちゃんとやらなくちゃって思いました。 -でも、ずーっと毎日英語もレッスン受けてると、全然上達が違いますよね? 中瀬様 違いましたね。どうしても初めの方は日本語を英語に直して頭の中で組み立ててから喋るっていう感じだったんですけど、普通に出てくるようになりました。 -組み立てもせず。 中瀬様 やっぱり、それを帰ってからも続けなくちゃと思って。 -聞き取れるようになったとかてありますか? 中瀬様 もともとリスニングは得意だったんで。聞き取れるけど喋れないっていう。だから、そこがちょっと喋れるようになったので、このままもっと。 -そうですね。更に上達を目指して。日本の大学だと、やっぱり試験に合わせて曲を選んだりとかそういう事になりますよね?そうするとレッスンでも。 中瀬様 そればっかりとか、みんな試験に向けての練習っていう感じなので、どうしても狭まっちゃう感じ。コンクール受けるにしても、やっぱりその曲を受けるコンクールを探すから、試験の為に毎日がなっちゃうので。それもしょうがないけど。 -でも、その中でやってくって、やっぱり目標があればこそなので、是非頑張って。また何か演奏会とかなさったりとかもしますか? 中瀬様 きっと。はい。ジョイントっていう形だったりとか、地元でやったりとか。 -じゃあ、その時には好きな曲をいろいろ弾いてやっていけると。 中瀬様 いろんな作曲家を弾きたいし、知らない人にも聴いてもらいたいなあって思いますね。 -そうやって、やっぱり知ってる曲、有名な曲とかっていうのはよく聴けるので。若い皆さん。知らない曲って、聴かせてもらわないと知るキッカケがないので。そういう事もいろいろと皆さんに広めて頂けると嬉しいな・ 中瀬様 いいなあと思って。 -今後、留学する方にアドバイスしておきたい事っていうのは? 中瀬様 やっぱり、語学だと思います。まずそこがあることで、「自分がこうしたいんだ」「ああしたいんだ」っていうのが伝えられるし、ストレス感じることもないんだろうから。あと海外に行くことを迷っても、行かなくちゃ分からないことばっかりだし、行けるタイミングもそうそうないと思うから、行くぞって思い切りも大事かな。 -行く気持ちと語学と。 中瀬様 そうですね。 -そうですよね。行ける時に行かないとってこともありますよね。よく行ってもあまり変わらないかもって思う方とかもいらっしゃるんですけど、そういう気持ちっていうのは無かったですか? 中瀬様 それは無かったですね。行ったら何かあるかなって思ってたので。 -もともと前向きだったんですね。そこから。 中瀬様 前向きですかね。そこは疑問を感じずに、もう思ってたので。やっぱり環境が違ったら絶対変わる。 -それだけでも。そうですよね。じゃあ、その2つ大事ですね。 中瀬様 大事だなあと。 -あと、留学前にしっかりやっておいた方がいいっていうのは、やっぱり語学もあると思うんですけど、何か準備なさったこととかで、こういう事やっといた方がよかったとか、こういう事やっとけばよかったみたいな事とかって、小さいことでも何かありますか? 中瀬様 今回のことで言ったら、もっと先生達のレパートリーを知っておくべきだったかなあと思います。自分がただこれを練習してて、これを見て欲しいなあっていうだけじゃなくて、やっぱり、その先生の演奏とかを一回探して聴いたりしたら、この先生だから、この曲をっていうものを強く持った方がよかったかなってちょっと思いました。だから、向こう行ってから先輩方に、「あの先生はこの曲がいいよ」っていうのを聞いて、「あー、そうなんだ」と思って、その曲をレッスン持って行くっていう感じになっちゃったので、もうちょっと心構えしといた方がよかったのかなとは思ったり。 -先生もご自身のお得意なレパートリーだと、熱の入り方とかが違ったりします? 中瀬様 違ったりすると思うので。 -そうですよね。 中瀬様 せっかくだったら、やっぱりそれで受けたいかなって。 -そうですよね。確かに。こちらでも、またそういうのも調べたりいろいろ出来ればいいのかもしれないですねえ。分かりました。外食のお値段どれぐらいしました? 中瀬様 大体、夜は10ユーロ。 -10ユーロぐらいでお腹いっぱい食べられる? 中瀬様 そうですね。お腹いっぱいでしたね。たくさん量も出てくるし。でも、カフェとかが凄い安くて、コーヒーとケーキが付いてるのに4ユーロとか。ケーキも日本の2倍ぐらいあって。 -美味しいんですか? 中瀬様 美味しいんですけど、甘ったるくてそんなに食べられないから。それ切ってくれるのかなあとか見てたら、すーっと出してお皿に置いて、コーヒーも一緒に「どうぞ」みたいな感じで。わぁ、こんなにかぁ、ダンケシェーンみたいな。 -みんなで1個でいいぐらい? 中瀬様 ほんとにそうでした。 -どんなケーキが美味しかったですか? 中瀬様 チョコが大好きなので、チョコレートケーキ。あとフルーツたっぷりとか。どれもおいしかったです。 -その大きさでチョコだと大変。やっぱり、向こうのご飯はまた食べたいなとか、そのケーキ食べたいなとかって思ったりしますか? 中瀬様 もちろんありますけど、それ以上に優雅な時間が流れたなっていう。 -時間に対してなんですか? 中瀬様 そうかもしれないですね。 -全体的に。 中瀬様 外見ても山ばかりでいいなとか、自然だなあって。あと建物がやっぱり日本と違って可愛くていいなあと見ながら外でお茶するのが。 -優雅そうですねえ。なんか野生動物とかいました? 中瀬様 見てる人もいたんです。私は見なかったんですけど、リスとかもやっぱり。 -いそうですよねえ。なんか写真とか見てると。何か言っておきたいこととかありますか? 中瀬様 いやぁ、もうほんとに楽しかった! -それは本当に良かったです。今後、演奏会とか何かなさる時は、今回インタビューを掲載させて頂くので、そのページに告知を載せたりとか、チラシ置いたりとかっていうのも出来るので、是非教えて下さい。 中瀬様 ありがとうございます。お願いします。 -東京であったら、私も是非行きたいです。 中瀬様 ありがとうございます。ますます頑張ろうと思います! -知らない曲を聞かせて下さい。お願いします。では、すいません。長い時間ありがとうございました。また、宜しくお願いします。 中瀬様 ありがとうございました。

菅野力さん/フルート/チューリッヒ芸術大学/スイス・チューリッヒ

菅野力さん プロフィール15歳よりフルートを始める。洗足学園音楽大学大学院課程途中で、ドイツへ留学。 ドイツ語とフルートの研鑽をしつつ、スイス国立チューリッヒ芸術大学を受験。 審査員満場一致の首席にて入学。現在同大学院に在学中。 -菅野さんのまず簡単な自己紹介ということで、現在までの略歴を教えて頂けますか? 菅野さん 15歳からフルートを始めて、洗足音楽大学を卒業しました。 -ご留学なさったキッカケは何になりますか? 菅野さん 大学一年生の時に、海外の人が集まるマスタークラスみたいなのがあって、秩父であったんですけど、一週間くらいあって、それに参加させて頂いた時に、その海外の先生から指導を受けて「ああっ、いいなあ」と思って。 -それまでの日本のレッスンとは違ったってことですか? 菅野さん 違いましたねえ。全然、違いました。 -どんな感じで違うんですか? 菅野さん 褒めて伸ばすと言うか。勿論、言うことは言うんですけど。チラホラ。ちゃんと見てくれてるんだろうなあっていうのが分かりましたね。だからですかねえ。 -今の学校に入られるまでのいきさつはどんな感じですか? 菅野さん 勿論、御社にお世話になり、フライブルクで音楽の勉強をし、プライベートのレッスンを受けて、その間に、いろんな所、大学に「レッスンしてください」っていう連絡をして、返事がきた所に片っ端からレッスンしてもらいに行って、受験校を絞ってって。街の雰囲気とか物価とかを見てきて、受験校を絞って、一番受験が早かったチューリッヒに受かってしまったので、ここになったんですけどね。はい。 -ああ、そう。一番早かった。なるほどね。 菅野さん スイス早いですね。 -そうですよね。今、条件面で物価っておっしゃったから、物価の面だったらチューリッヒはどうなんだろうと思って。 菅野さん そこはちょっと目をつむりました。 -なるほど。 菅野さん チューリッヒの入試が4月の終わりで。でも、結果が5月の頭に出て、「大学に入りますよ」という書類を送るのがもう6月の末で、6月の末からドイツの入試が始まるんですよね。だから、ちょっと危ない橋渡れないなって思って。蹴ってドイツの学校受けて落ちてもあれだなあと思って。やむ得ずではないですけど、もちろん。はい。 -ドイツの学校はどのくらい「レッスンさせて下さい」というメールを? 菅野さん フライブルク音大、カールスルーエ、マインツ、フランクフルト、ワイマール、ハンブルク、シュツッガルトですかね。 -7個? 菅野さん はい。内返ってきたのが、カールスルーエとマインツ、フランクフルトとワイマール。 -4つ? 菅野さん 4つ。 -フライブルクは返事も来ず? 菅野さん はい。ちょうどなんか教授が変わるとかで。はい。 -じゃあ、今、おっしゃってた4つは直接行って。 菅野さん 受ける予定で。直接行って。 -何か出願で苦労したこととかありましたか? 菅野さん いや、もうドイツ語が読めなかったから。サイトからオンラインで申し込んだりする。 -マインツは大変だったんじゃないですか? 菅野さん マインツはメチャクチャ大変でした。結局、出願できませんでした。 -そうなんですか? 菅野さん はい。 -カールスルーエは紙?紙とオンライン? 菅野さん 紙。オンラインでやる時に、まず、オンラインの用紙、サイトのどこにあるのか分からない。ドイツ語読めないから。 -行かれて、でももうどのぐらい経ってましたっけ? 菅野さん 半年です。 -半年。読めるじゃないですか。うっすら。 菅野さん うっすらは読めましたけど、凄い時間がかかるんですね。やっぱり。要項とか読むのに。 -意味を逆に取っちゃたりすると問題ですよね。 菅野さん 大変なことになるんで。 -実際の入試はどんな感じでしたか? 菅野さん 試験内容は、もう入試じゃないみたいでしたね。凄いアットホームな感じで、どこの入試もそうでしたけど。3校受験したんですけど。バーゼルとフランクフルトとチューリッヒはどこもフレンドリーというか、「いらっしゃい」みたいな「よく来たね」みたいな。最初に演奏する曲は絶対選ばせてくれて。これどこもそうらしいんですけど。「どれからやりたい?」って聞かれて、「あっ、じゃあこれ」って言って。次の日指定されるんですけど。終始和やかに。 -審査員の先生は何名ぐらいいらっしゃっるんですか? 菅野さん チューリッヒは5人いましたね。 -全員学校の先生で? 菅野さん 学校の先生。フルートだけじゃなかったと思います。ちょっと偉い人とか。 -学部長さん? 菅野さん みたいな。はい。もいましたね。 -伴奏は付いてたんですか? 菅野さん フルート科のチューリッヒは先生が3人いるんですけど、クラスの伴奏者の中から出てましたね。 -突然合わせるのですか? 菅野さん 突然。突然というか、勿論合わせなし。ぶっつけ。勿論、初対面ですし。 -上手く出来ます? 菅野さん 運もありますよ。やっぱり。 -合わない人もやっぱり、いるときはいると。 菅野さん 勿論います。それで苦労したというのも時々聞きます。 -運も力のうち、なんですかね。テスト自体は大体、一人当たり何分ぐらいなんですか? 菅野さん 15分見積もってるみたいですね。 -演奏だけでですか? 菅野さん とおしゃべりして、面接まではいかないけど。「この学校入ったら何やりたい?」みたいなとか、簡単なことを聞かれました。 -全部で曲は、何曲演奏なさいましたか? 菅野さん 僕は4曲。5曲準備してって、2曲吹きました。 -フルで通して演奏ですか? 菅野さん 1曲フルで吹いて、モーツアルトのコンチェルトを指定されて。最初の曲は全部吹かせてくれて、モーツアルトのコンチェルトは1楽章ですね。 -面接は何か特殊なことを聞かれたりしました? 菅野さん 難しいことは聞かれませんでしたね。僕でも理解できたので。 -音楽史みたいなこととかは? 菅野さん 無いです。「この学校に入ったら何をしたいか?」みたいなことだけ聞かれました。 -試験と出願を済ませて、合否はその場で分かりましたか?後から通知ですか? 菅野さん 後から通知でしたね。ただ、その場で言われる科もあるみたいです。 -科によって違うんですか!? 菅野さん みたいですよ。楽器によって違う場合があるみたいんですね。 -フルートとかだと人数が多いからですかね。 菅野さん メチャクチャ多いです。 -受験生何人ぐらいいらっしゃる? 菅野さん 僕の時は、でも、40人ぐらいですかねえ。 -合格したのは? 菅野さん チューリッヒはマスターとゾリステンっていうのがあって、日本でいう博士課程みたいな。大学院の上の入試が一緒にやって、それが40人来て、マスターは多分3人。ゾリステンが3~4人ですかねえ。 -ゾリステンという方も演奏なんですか? 菅野さん ゾリステンは2つプログラムがあって、オーケストラディプロム、オーケストラ奏者になる為の科みたいなのと、ソリストを目指す科っていうのがあって、この2つがスペシャライズドマスターみたいな感じになってて、それが要は、ゾリステンみたいな感じで言われるんですよ。ドイツだと、コンツェルト・イグザーメンみたいな言い方をすると思うんですけど。 -凄い倍率だったんですね。 菅野さん 凄かったですねえ。 -でも、主席で受かって凄いです。 菅野さん いえいえ、まぐれです。 -いやいやいや、その後、学校の試験とかも常にトップな感じですか? 菅野さん (無言でうなずく) -カッコいい。 菅野さん いやいやいや、全然。 -凄い。分かりました。じゃあ、凄い将来が楽しみですね。 菅野さん うーんって感じですけど。 -事務手続きの面で苦労した点は何がありましたか? 菅野さん いや、それはもう出願ですね。 -出願が一番大変? 菅野さん 出願。 -エッセイ書かなきゃいけないですもんね? 菅野さん ちょっとモチベーションレターって言うんですか。「なんでここを選んだか」っていうのと「大学で何をしたいか?」「将来何になりたいか?」 -手書きでっていうやつですね。 菅野さん 手書きで。 -どのくらい準備に時間掛かりました? 菅野さん 1ケ月掛かりました。とりあえず日本語で書いて、一応つたないドイツ語書いて、語学学校出て、先生に添削してもらって、赤ペンがメチャクチャ入って。ほぼ赤ペンだったかな。最初。で直して、また赤ペン入れてもらってっていうのの繰り返しでしたね。 -でも、じゃあ凄い勉強になりましたね。 菅野さん 勉強になりました。 -じゃあ、でも出願は大変だったけど、合格してからの手続きはそんな大変でもなかった? 菅野さん スイスはビザが大変ですね。 -そうですよね。 菅野さん 大学の手続きは特に問題はなかったですけど、滞在許可証をもらうのが、もう3ケ月かかりました。 -3ケ月?出発前に、いろいろカントンに出してとかじゃなくて? 菅野さん スイス全部来た時から。はい。 -ああ、そうか。もうドイツにいらしたから?そのまま行かれたんでしたっけ? 菅野さん ドイツには8月の末まで住んで、9月1日からお引越しをして。夏、去年帰ってきて、次ビザなしでドイツに入って。でも、その時にワーホリのビザが一応失効してもらったんですよ。もうその時に突っ込まれて、「このビザは何だ」って言って。「アルバイト、仕事証を見せろ」みたいに言われて。「いや、持ってないよ」って言ってて、「じゃあ、これがあるんだ」って凄いもめましたね。 -入国の。 菅野さん 拒否されるところでした。ほんとに危なかったです。 -じゃあ、失効が伝わってなかったってことですか? 菅野さん かもしれないです。 -いい加減な。そうなんだ。 菅野さん さすがドイツだなとか思って。 -ドイツも結構いい加減なものですか? 菅野さん 適当ですよ。 -そうなんだ。一般的なドイツ人が生真面目っていうイメージは? 菅野さん イメージはあったんですけどね。もう崩れましたね。適当。 -ラテン系の適当とはまた違ったりします? 菅野さん また違う。なんか大らかな適当というか。「ああ、いいよ」みたいな。 -意外。 菅野さん 規則もゆるかったり、人によって言ってることが違ったり。 -それは、よく聞きますねえ。 菅野さん 運ですね。 -そうか。怖い、ドキドキする。それで、滞在許可を取るのが大変だと。 菅野さん メチャクチャ大変でした。 -申請をして出るまでが時間がかかるってことですか? 菅野さん いや、なんかそれがスイス滞在許可証を下りるのに、残高証明出さなくてはいけなくて、その額が2万1000フランなんですね。日本円だと約250万です。特に何も記入は無かったので、とりあえず日本の口座に250万入れて、英語で文書出してもらって。証明書を。それを出したら、「これじゃダメだ」って言われて。よくよく読んでみると、日本の銀行だったらスイスに支店のある大きい銀行。例えば、「三菱UFJとかに入れろ」って言って、文書が返ってきて、それで、そこから三菱UFJに新しく口座を作って、そこに250万入れて証明出してもらって、それを送ったら、「それもダメだ」って言われて、「なんでだ」と。そこでちょっともめて、役所に行って、「これは何でダメなんですか?」って聞かれて言って。そしたら、多分それ人が違ったのかなんか分からないですけど、「スイスの銀行じゃなきゃダメだ」って言われて、「スイスにある銀行じゃなきゃダメだ」って言われて、「話が違うじゃないか」って言って。「こっちに支店のある日本の銀行だったらいいって聞いたんだけど」って言って、「僕には分からない」とか言われて、「とにかくスイスの銀行じゃなきゃダメだ」って言われて、「新しく作りなさい」と言われて、それで作りました。銀行口座を開設して、そこに国際送金してもらって、証明書出して送って、やっとビザが来ました。 -でも、指定銀行のリストはありますよね?カントンのサイトかなんかで。 菅野さん ありました。 -みずほのなんか。 菅野さん 載ってたんですよ。UFJも。 -UFJ載ってた?あれー。 菅野さん おかしいなと思って。 -じゃあ、厳しい人だと。 菅野さん 厳しい人だと、とことん厳しいですね。 -それは、なんか呼び出し状とか来るんですか?なんか「こういうのがあるよ」みたいな。 菅野さん 手紙が来て、「これじゃあ、ビザ下せません」って。「こういう理由で」っていうのを書いて。 -その都度行って。 菅野さん はい。その都度行って。それ呼び出し状ではないですけど。自分が意味が分かんなかったら、直接聞きに行って。 -面倒臭い。 菅野さん 面倒臭かったですよ。ほんとに。 -めげそうになりますよねえ。 菅野さん はい。また、9月になったらビザ更新しなきゃいけないんで。また、国際送金しないと。 -そうか。なるほど。 菅野さん 大変です。 -ですねえ。お金の話が出てきたところで、生活費は今どのくらいで抑えてますか? 菅野さん 家賃が500フランで。800フランぐらいですかね。11万ちょっとぐらい。 -頑張ってらっしゃる。 菅野さん 頑張ってます。 -結構、食費とかも抑えて? 菅野さん もう抑えて抑えて抑えてます。 -じゃあ、全部自炊? 菅野さん 自炊。外食は出来ない。スイスは。 -どのくらいするんですか? 菅野さん そうですね。一人普通のレストランでご飯を食べたら、そうですね、30フランはいきますね。 -そんなに? 菅野さん 日本人は3千後半はいきます。絶対いきます。 -そんな高いんだ。じゃあ、普通にサンドイッチを買うとかそういうのでは。 菅野さん だったら、まあスーパーのサンドイッチだったら。 -でも、日本よりは高い? 菅野さん 高いです。このぐらいのサンドイッチが500円ぐらいですかね。ケバブはドイツの倍します。 -フラン恐るべし。 菅野さん フラン高いですねえ。ほんとに。 -そうか。大変ですねえ。 菅野さん はい。 -学費はどのくらいかかります? 菅野さん 1500フランぐらいですかね。 -1ゼメスター?年間でですか? 菅野さん 1ゼメスター。まあ日本に比べたら全然安いです。スイスはその中で1500の中に。スイス国民だったらもうちょっと安いんですよ。外人用のなんか学費があって、込みで1500ぐらい。 -授業は、どのぐらいあるんですか? 菅野さん 卒業までに取らないといけない単位があって、主管のレッスンと副管のレッスンと、あともう1個レッスンがあって、週3回は絶対レッスンがあります。あと、取りたかったらドイツ語の授業とか、選択授業も取らなきゃいけないので、結構あります。 -結構忙しそうですね。 菅野さん 結構あります。 -座って聞くとか、そういう講義みたいなのもあるんですか? 菅野さん あります。もちろん。音楽史とかもちろん。義務ではないですけど。選択授業ですから。あくまで。あとは、僕が取ってたのは、例えばバロック後期のテレマンとかエマヌエルバッハの作品を取り上げて、アナリーゼしていこうみたいな授業とかトリルのかけ方がこうだとか、アーティキュレーションの取り方がこうだとか。 -面白いですね。 菅野さん 面白いっす。凄い勉強になります。とかっていう授業がありますね。 -テストはドイツ語で? 菅野さん 勿論です。でも、あんまり試験はないですね。 -そうなんですか? 菅野さん はい。 -じゃあ、最終試験だけ? 菅野さん そうですね。その前に口頭試問があります。僕、次ゼメなんですけど。 -喋らないと。 菅野さん そうなんですよ。 -それって、何か課題を与えられるんですか? 菅野さん 10月に集中講義があって。4日間ぐらい。それが音楽史みたいな授業内容なんですけど、その中から口頭試問です。これは、もう音楽史を答えろって。 -だいぶ語らないといけないですね。 菅野さん だいぶ語らないといけない面接があって、それ落ちるとちょっとヤバイです。卒業できないです。あとは論文。 -論文? 菅野さん 論文があるんですよ。知らなかったんです。入るまで。論文書かなきゃいけない。 -何ページぐらい? 菅野さん 結構。15枚って言ってたかな。A4で。 -まあ、文字の大きさにもよりますけどね。 菅野さん フォントでかくしてやろうかなと思って。 -論文のテーマは? 菅野さん 何でもいいです。 -何でも? 菅野さん はい。勿論、音楽のことですけどね。例えば奏法とか、吹いてる時の身体の状態みたいなのでもいいし。勿論、作曲家の作品を取り上げてもいいし、何でもいいみたいですけど。 -でも、15枚。 菅野さん はい。大変です。もう。 -それも、やっぱり日本の大学と同じようにゼミの先生とかがいて。 菅野さん います。います。 -指導してもらってっていう。充実した生活を(笑)。 菅野さん とても充実してます。 -送ってらっしゃる。そうなんだ。それを全部、次のゼメスターで? 菅野さん 次で。次はもうヤバイっす。 -死にもの狂いですね。 菅野さん ほんとに。時間がない。最後のゼメスタが来年の2月から始まるんですけど、しょっぱなに卒業試験。 -しょっぱなに? 菅野さん 非公開の一回目の卒業試験があって。 -全何回なんですか? 菅野さん 2回です。ゼネスタの始めと終わりに。始めが非公開で、最後が公開のリサイタルをやって、晴れて卒業です。盛りだくさんですね。 -あっという間ですねえ。 菅野さん あっという間です。 -まだまだお楽しみがたくさん。 菅野さん ほんとに。 -でも、論文とか書けばね、語学力も相当上がるんじゃないですか。きっと。 菅野さん まず、書けるのかなあっていう心配があります。 -でも、ドイツ語のレッスンを学校の授業で取ったりは? 菅野さん してますけど。ぼちぼちなんです。 -頑張ってください。 菅野さん はい。 -日本人の留学生はどのぐらいいますか? 菅野さん 結構いますよ。ピアノ科が多いですかねえ。 -じゃあ、結構、日本人の人同士で集まったりとかも? 菅野さん もありますね。ドイツほどじゃないですけど。結構いますね。前いたフライブルクは凄い日本人がいたので、それに比べたら。 -少なめ? 菅野さん でも、結構います。20人ぐらいいるのかな。 -全学年というか。 菅野さん 全学科全コースで。 -学校の雰囲気はどんな感じですか? 菅野さん 学校の雰囲気、どうだろうなあ。環境ということですか? -なんでも思ったことでいいです。 菅野さん 校舎がばかデカいんですよ。 -大きいんですか? 菅野さん 凄いデカイんです。たぶん隅から隅まで歩いたら1万歩いくんじゃないかってぐらいデカイです。 -そんなに? 菅野さん ちょっと盛りましたけど。けど、凄いデカイんですよ。なんか今年から僕が入った年から、去年の9月から全部一つの校舎になったみたいで。 -移動してましたね。 菅野さん そうなんですよ。移動して芸術全部、音楽、美術、舞台、バレエ、デザイン、フィルム/映画等々。 -そんなにいろいろあるんですね。 菅野さん メチャクチャあります。 -楽しそう。 菅野さん が1個の校舎になって。 -そうか。なんか地図でドーンってなってましたもんね。 菅野さん はい。でも、凄い良い雰囲気の所です。トラブルもないし。 -学校の在籍してる人っていうのは、スイス人がやっぱり多いんですか? 菅野さん スイス人は少ないですね。逆に。 -留学生の方が多い? 菅野さん 留学生の方だ全然多いと思います。  -どこからの方が多いんですか? 菅野さん アジアですね。やっぱ。 -そうなんですね。 菅野さん 日本もそうですけど、中国人多いですねえ。 -メインランドの中国の方? 菅野さん そうです。 -韓国とかは? 菅野さん 勿論いますけど、やっぱり圧倒的ですね。中国は。 -人口多いですしね。ヨーロッパ系の人は? 菅野さん 勿論います。ハンガリーとか、勿論ドイツもいますし、あとフランスとか、いろんな所から来てます。 -共通言語はドイツ語? 菅野さん か英語か。 -なんか、みんなでオーケストラとかあったりする? 菅野さん はい。勿論、毎週あるわけじゃないですけど、その都度メンバーが新しく召集されて、何回か練習やって本番みたいな感じですね。  -いろんな国の人達がいることによって、大変な事はどんなことですか? 菅野さん 指揮者が、まずドイツ語喋れない人って聞くんですよ。でも、チラホラ手が挙がるんですよ。やっぱ。そういう場合は、なんかドイツ語で最初言って、もう一回英語で言い直すみたいな。 -じゃあ、ちょっと時間がかかるというか。 菅野さん ちょっと。でも、基本的に英語ですかね。みんな英語は分かるみたいなんで。僕は分かんないですけど。 -そんな。英語も上達してるってことですね。 菅野さん 理解はできるけど、喋れないです。 -なるほど。日本人特有の(笑)。そうなんですね。 菅野さん はい。 -あとは、日本と留学先で、大きく違う点はどんなことがありますか? 菅野さん 日本帰ってきて思ったんですけど、いろいろ違うなと思って。まず、電車が混んでる。 -こんな混んでないですか? 菅野さん 凄い苦労しました。ここまで来るのに。 -本当ですか? 菅野さん こんな混んでたっけと思って。 -あさ早いですしね。 菅野さん はい。ビックリしました。 -こんな密集してないってことですか? 菅野さん してないです。 -もっとまばら? 菅野さん もっとまばら。全然まばらです。 -なるほど。 菅野さん はい。あとは、なんかやっぱり日本人ってせかせかしてるなあと思って。 -ああ、それもやっぱりよく聞きますよねえ。 菅野さん 凄い思いました。日本帰ってきて。今。  -もっとのんびりしてる? 菅野さん のんびりしてるし、って言うか仕事しないし。 -本当ですか?スイス、そんなイメージなかったです。 菅野さん 全然っす。全然ではないけど。 -お店とか終わるの早いんですか? 菅野さん もう20時にはもうみんな。 -土日も休みとか? 菅野さん 土曜日はやってますけど、18時には閉まりますかねえ。勿論、お店にもよりますけど。日曜日はもう基本的に。 -全然? 菅野さん 全然やってない。 -そうなんだ。 菅野さん だから、日本のコンビニって有難いなと思って。夜もやってるし、いつ行ってもやってるし、品揃えいいし、安いし。 -コンビニめいたものは一切ない? 菅野さん コンビニめいたものは、キヨスクっていうのが一応あってメチャクチャ高いんですよ。 -そうなんですか。 菅野さん 例えば、500ミリリットルのコーラがスーパーだと1.3フランなんですけど、キヨスクだと3.5フランになるんです。倍以上。 -なんでそんな価格が違うんでしょう? 菅野さん 分かんないです。勿論、全部の値段が違うんですよねえ。スーパーと。 -そうなんですか。 菅野さん サンドイッチもメチャクチャ高いし、キヨスクで買えないです。 -非常事態にしか。 菅野さん ほんとに非常事態にしか使えないです。 -違うんですねえ。 菅野さん はい。 -不思議。 菅野さん ほんとに不思議です。 -練習はどのようにされてますか? 菅野さん 引っ越す前は、僕、5月に引っ越しをしたんですよ。御社で探して頂いたビンタテゥーアの物件は家でも練習が出来てので、大家さんがメチャクチャ良い人で。今もたまに連絡を取ったりするんですけど。その大家さんは部屋でやっていいよと。 -時間は? 菅野さん 朝8時から夜11時ぐらいまで。 -隣近所からどうのこうのとかは? 菅野さん 僕がいる間は全然なかったですねえ。はい。 -結構、お家が離れてるとかですか? 菅野さん そうでもないですけど。日本ほど近くもないですけど。でも、そんな離れてるわけでもなく。でも、全然苦情が来なかったし、大らかなのかなあと思って。 -お上手だったからかしら? 菅野さん 僕が上手いとか全然そんなんじゃないです。絶対違います。今住んでる所は、今、学校から自転車で20分ぐらいのとこに住んでるんですけど。今、チャリ通してるんですよ。 -チャリ、取られたりしないんですか? 菅野さん 頑張ってます。 -鍵かけて。 菅野さん 鍵かけて。ぐるっぐるに巻いて。やっぱあるみたいで。 -絶対ありそう。 菅野さん はい。 -学校に駐輪場とか? 菅野さん 勿論あります。家にもあって、家では今練習ができないので、その分学校で。はい。 -学校の練習時間っていうか、可能な時間とかは? 菅野さん 24時間使えます。学生は。 -守衛さんかなんかいるんですか? 菅野さん 勿論いますけど。学生証があって、学生証をかざすと開くっていうシステム。ここに番号とかが付いてて、これ当てると。 -柄がオシャレ。 菅野さん ねえ。  -ステキ。 菅野さん 僕、凄い痩せたんですよ。 -確かに。 菅野さん はい。 -あれっ?こんなにふくよかでした?あれっ?そうでしたっけ? 菅野さん これ、去年ですよ。これ。 -でも、確かに去年、お目にかかった時に太ったって仰ってた。 菅野さん はい。それが10キロ痩せました。スイスで。 -自転車で? 菅野さん 分かんない。何ででしょうねえ?あんまり食べなかったから、食欲も落ちていって。一日一食あればいいようになっちゃって。 -大丈夫なんですか? 菅野さん 分かんないっす。まあ、でも。まあまあまああ。 -この夏日本でまた戻して。それで。 菅野さん そうですね。絶対戻ります。で、スイス帰って、また痩せて。 -学校のある日の一日の大体のスケジュールを教えて下さい。 菅野さん 朝6時半頃起きて、お昼と夜のお弁当を作って、学校行って1日こもります。でも、その間にレッスンとか授業とかあって練習して、日付が変わるぐらいに、23時ぐらいに帰ってきて寝る。 -凄い。1日練習何時間ぐらいやってるんですか? 菅野さん 6時間ぐらいですか。それでも最低6時間。 -凄い。 菅野さん いやいや。ストイックにやっていかないと。 -その考え方は留学してから身に付いたものですか?それとももともとそういうストイックな所があったのでしょうか? 菅野さん もともとちょっとあったと思いますけど。今、もう完全にもう。なんか勿体ないですよね、なんか。せっかくその留学してレッスン受けれてって。毎週レッスンがあって、なんか毎回毎回同じ曲持ってって同じこと言われてじゃあ、凄い勿体ないじゃないですか?時間も限られてるし。だから、なるべく吸収して、早く次の曲次の曲ってやっていかないとなあと思って。 -偉い。 菅野さん いやいや。勿体ない。 -そうですか。 菅野さん 全部そこです。  -なるほど。 菅野さん 勿論、上手くなりたいっていうのもありますし、とにかく勿体ない。時間が。 -じゃあ、曲が仕上がったら、先生が「じゃあ、次行こう」っていう風におっしゃるんですか? 菅野さん それは自分のさじ加減ですけど。先生は別に何を持ってきてもいいみたいな。だから、いるんですよ。何回も同じ曲を持っていく生徒も。なんか2週間に1回クラス内でおさらい会みたいな、みんなの前で曲を弾くっていう機会があるんですけど、1カ月経ってもまた同じ曲やってみたいなのもいます。だから、「なんかちから払うの早いよね」とか言われるんですけど、「普通だよ」とか言って。そう。時間を無駄にしたくないんで。全てそこです。 -なるほど。日曜日とかも? 菅野さん もう全然学校にいます。日曜日こそ1日こもりますね。何にもないんで。お店もやってないし、娯楽もないし、高いし。日曜日こそ。 -映画観に行ったりとか、そういうこともせず? 菅野さん しないですね。 -偉い。なるほど。分かりました。あと、現地の音楽業界の伝手とかは、学校にいることによって出来たりはしますか? 菅野さん 先生からたまーに仕事をもらったりとか。 -オケの? 菅野さん オケではないですけど。小さい小さいほんとに教会で吹くとかですかねえ。なんか真面目にやってれば見ててくれる人がいるんだろうなあっていうのは凄い思いましたね。一年で。ひたすら真面目に。 -精進の道ですね。 菅野さん そしたら、なんか声はかかる。それを期待してるわけじゃないですけど、勿論。でも、そういう事もあると。はい。 -オーデション受けに行ったりとかは? 菅野さん しますします。勿論、コンクールも。先生がもういくらでも受けろと言う先生で。先生によっては、まだ今は基礎をやりたいからちょっと待てみたいに言う先生もいるんですけど。僕の場合は、どんどん受けてこいって言って。 -それは、やっぱりヨーロッパ方面で。 菅野さん そうですね。はい。大変でしたね。大変でした。 -どの辺が大変だったですか? 菅野さん 4月なんか1ケ月で3回コンクール受けたんですよ。 -授業もありつつ? 菅野さん ありつつ。勿論。レッスンも行きつつ、終わったらすぐ帰ってきて授業受けて、レッスン受けて、またすぐ行ってみたいな。4月は大変でした。 -スイス外で? 菅野さん 内外で。4月の頭にスロベニア、中頃にオランダ、終わりにスイス国内のコンクール。 -コンクールも、またいろいろ面倒臭そうですよね?手続きとかもね。 菅野さん 慣れてきましたけど。 -結果は上々でした? 菅野さん スロベニアがメチャクチャ良かったですね。 -凄い。おめでとうございます。 菅野さん まぐれです。まぐれです。 -賞金とかも? 菅野さん 賞金はまあ微々たるものでした。まあ10万ぐらい。 -お仕事もらえるとか? 菅野さん そうですね。今度、ポーランドのオケでコンチェルトやります。 -凄い。 菅野さん 副賞で。 -いつですか? 菅野さん 11月かな?もう、すぐ決まりました。 -凄い。ご活躍じゃないですかあ。 菅野さん いやいやいやいや。 -素敵ですね 菅野さん スロベニアのコンクールは大変でした。木管楽器部門っていうのがあって、フルート部門だけじゃなくて、年齢別のカテゴリがあるんですよ。僕は、年齢制限がない一番古いカテゴリに出たんですけど。そこのカテゴリの中から、一人だけファイルなるに進めるんですね。だから、何部門あったのかな?7部門ぐらいあって、年齢別で。カテゴリがあって。勿論、該当者がいなかったカテゴリもあるんですけど、大体1位が出てきて。あと、金管部門と室内楽部門からもカテゴリ別に全部1位が出てきて、そのファイナルがあって大変でした。 -なんか、そこまで幅広いと判断しにくそうな感じもしますよねえ。 菅野さん ねえ。どういう判断基準なんだろうなあと思って。 -でも、まあそれで結果が出たと。 菅野さん はい。僕は、その中でグランプリを頂きまして。 -おお!!凄い。素敵。いいですねえ。 菅野さん 第1位ですね。 -カッコいい。凄い凄い。それ木管楽器の部門の中の? 菅野さん 1位です。 -1位だし、金管楽器全体の中での1位? 菅野さん 1位です。 -凄い。コンチェルトが出来ると。 菅野さん はい。 -素敵。 菅野さん ポーランド行ってきます。11月に。 -寒そうですが気を付けて。 菅野さん ですよねえ。もう。 -ポーランド結構、やっぱり治安とか。 菅野さん ポーランドはどこなんですかねえ? -ドイツの隣? 菅野さん ドイツの隣、チェコじゃないかったでしたっけ? -チェコも隣だし。 菅野さん こっちか。ドイツがあってチェコがあって、こっち? -とかだと思いますよ。 菅野さん こっちか。東欧か。 -東欧です。東欧です。 菅野さん どこにあるかも知らないです。 -治安面では、たぶんスイスより若干危ないんじゃないかと。 菅野さん スイス治安いいんで。 -スイスはスリとか全然いないですか? 菅野さん なくはないですけど。でも。 -日本と比べたらどうなんですか? 菅野さん 日本の方がいいです。日本もなんか変じゃないですか。最近。 -まあね。 菅野さん 物騒ですけど、日本の方がいいかなあ。 -どの点で?物乞いの人があんまりいないとかですか? 菅野さん スイスは物乞い自体いませんね。物価が高いんで、浮浪できないんですよね。こうやって街頭で集めるその微々たるお金じゃ生活もできないんで。ほんとに。サンドイッチすら買えないんで。ほんとに。だから、いないですよ、基本的に。浮浪者とか物乞いは。ですね。ただ、その浮浪者もちゃんと生活できてる日本は凄いなあと思います。やっぱり。 -そうなんだ。分かりました。あと、学校の中で、皆さんのお勉強の態度っていうのは、日本と違う点はありますか? 菅野さん でも、やっぱり音楽を勉強しに来てるんで、モチベーションは日本の音大よりも絶対高いと思います。ただ、その中でもやっぱりピンキリはあります。でも、みんな積極的だと思いますよ。 -なんか海外の人達と付き合ってくのに、上手くいくコツとかは何かありますか? 菅野さん ノリですかね。 -勢いでってこと? 菅野さん 勢い。 -あまり考えるなってこと? 菅野さん あんまり考えるなってことですね。なるようになります。 -そうですよね。なるようにしかならないしね。あと、留学して良かったと思える瞬間はどんな時ですか? 菅野さん もういっぱいありますよ。いっぱいってこともないな。例えば、海外のコンクール受けて結果残した時もそうですし、あとは、教会で吹いたりするんですけど、日本じゃないじゃないですか。教会自体も少ないし、その中でバッハとか吹いて、「300年前もこんな感じだったのかなあ」とか思ったりして。そうすると、なんか気持ち的に豊かになります。日本じゃあ、ちょっと味わえないかなあと。 -やっぱり、音の響きとかも全然違います? 菅野さん 違います。  -湿度とかの関係?建物? 菅野さん 建物なんかちょっとホコリっぽいんですよね。臭いが。分かります?なんか。空調も勿論ないんで。まんま石みたいな。その感じがいいんですよねえ。また。分かります? -分かります。分かります。教会は結構いっぱいあるもんですか?ゴロゴロ。 菅野さん もうメチャクチャあります。ゴロゴロあります。こういう建物は大体教会です。結構ツンツンしてるんで。 -街並みの写真とか、あれ三角のがそうですね。 菅野さん 街の中にも普通に教会があって。礼拝とかあるのかな。日曜礼拝とか普通にやってるみたいなので、至る所にあります。 -教会でやるコンサートって、どのくらいの毎週やってるものとかそういう感じなんですか? 菅野さん 毎週ではないと思うんですけど、例えばちょっとミサをやったりとかかなあ。毎週やってる所もあるのかなあ。分からないですけど。でも、結構やってるとは思います。教会で演奏会をやったりするんですよ。礼拝とかとは全く別で、演奏会をやる。 -場所として借りる? 菅野さん そうそうそう。場所として演奏会をやったりとかして。いいですねえ。 -確かに、日本では出来ないことですね。 菅野さん 出来ないですねえ。はい。 -分かりました。あと、留学して変わった点とか成長したなあっていう所はどんな事がありますか? 菅野さん やっぱりストイックになりましたね。成長した所、たぶん何があっても動じないと思います。今。例えば、なんか予想外のことが起きるんだよ。やっぱり。「なんでそうなるの?」っていうのがあるんですよ。ビザのことに関してもそうですし、手続きが遅かったりとか。「なんでそうなるの?」っていうのが多々あったしね。ドイツに行った時もそうだし、だから、あんまそのぐらいと思って流せると思います。 -なるほど。肝が据わったというか。 菅野さん というか何というか。ですかねえ。 -やっぱり皆さん留学した方、皆さんお話聞くと、多少のことじゃあ動じなくなるっていうのは共通しておっしゃってることですねえ。 菅野さん やっぱなんか些細な事だなあと思って。 -広い世界が見えて。 菅野さん まあ、このぐらいいいじゃんって感じになりますね。 -なるほど。大らかな気持ちに。 菅野さん 大らかというか何というか。 -分かりました。 菅野さん はい。 -あと、今後の進路はどういう風なことを考えてらっしゃいますか? 菅野さん 来年卒業なんですけど、あと2ゼメで卒業なんですけど、さっき言ったスペシャライズドマスターというのに取り敢えず進学しよいうかなあと思ってて。最初は、やっぱり日本帰ってきたいなあと思ってたんですけど、やっぱり留学してると、もっとこっちにいたいなあと思うようになってきて。 -ですよね。 菅野さん スイスは2回大学修士課程をやると、もう大学に行けないんですよ。その大学を変えるとかじゃなくて、スイス国内で2回修士課程をやるとダメなんですよ。そのスペシャライズドマスターというのは一応マスターに入るんで、2回やったらダメなんですよ。だから、あと3年あるんですけど僕、スペシャライズゾマスター2年と残り1年。その間になんとか仕事というか見つけられたらいいなあと。スイス国内じゃなくても。勿論オケで。向こうでソリストとして食ってくのは凄い難しいと思います。オケ入るより難しいんじゃないかなあと思います。分からないですけどね。やっぱり自分マネージメントしてないととかいろいろ。はい。と思います。 -スイスはオケはの数などは?やっぱり、ドイツとかの方がオケの数は? 菅野さん ドイツの方がそれは多いですけど、でもやっぱり上手いです。 -じゃあ、出来ればスイスで? 菅野さん スイスで。収入の面でも。 -上の方に上がるっていうのは、ご両親はいいよと? 菅野さん 好きにやんなって。 -結構、ご理解のあるご両親で佳かったですね。 菅野さん ただ、やっぱりあんま迷惑かけたくないので、返さなくていい奨学金とかを借りれたらいいなあと。例えば、文化庁とかヤマハ音楽財団とか。それに通る為に、今、コンクールをメチャクチャ受けてます。 -そうか、そういう事なんですね。 菅野さん はい。なんとか結果を残さないと。 -そうですね。履歴書上が華々しかったら、審査変わってきますもんね。 菅野さん 「じゃないとダメです」って文化庁の人に言われて。「じゃないと通りにくい」って言われて。だから。キャリアが大事と。 -なるほど。キャリアアップを。 菅野さん はい。今、計ってます。 -素晴らしい。最後になりますが、これから留学したい人へのアドバイスを。 菅野さん とりあえず、海外に出ることじゃないですかねえ。 -まずは。 菅野さん はい。なんか、僕、海外に出るって決めるのに凄い時間がかかったんですよね。結局、ズルズルズルズル行って。 -あれっ?行くって仰ってたけど、あれっ?今回結局行ないのかしら?という時期がありましたね。 菅野さん そうそうそう。凄い、要は怖かったんですよ。なんか。怖かったっていうか、ビビッてたっていうか。やっぱり、自分の知らない世界だし、言葉違うし、文化違うし。だから、やっぱりなんか最初の一歩っていうのがなかなか踏み出せなくて。でも、行ってみたら何のことはなくて。何のことはないわけではないですけど、思ってたより「あっ、こんなもん」みたいな感じ。日本で悩んでたこと、「いろいろ大丈夫かなあ」みたいなあ。来てみたら全然ってことがあるので、悩んでたら取り敢えず、その語学の準備でもいいし、いきなり受けるでもいいし、とにかく出ることじゃないですかねえ。海外に。じゃないと始まらないと思います。日本でウジウジしてても。これほんとに。体験談です。 -声を大にして。 菅野さん ほんとに早く行っとけばよかったなって思います。勉強する時期が早ければ早いほどやっぱりいいので。それは後悔してます。 -うん。なるほど。卒業してすぐ、あれっ?1年ありました? 菅野さん 1年空きました。1年大学院に行って、辞めて。その1年がなかったらって思うと。1年間無駄にしたって思ってませんけど、でもやっぱり1年間こっちの大学に行くんだったら、海外に行っといた方がよかったなあって思うんですよね。やっぱり。 -ですねえ。飛び出す勇気が必要と。 菅野さん と思います。その後のことは、その後考えればいいです。 -そうねえ。まだ起きてないことをゴチャゴチャ考えるよりもね。そうですね、確かに。 菅野さん それは凄い学びました。受験の準備をしてる時に。 -物事シンプルに考えて、専念することに専念すれば。 菅野さん そう。ほんとに。いいんです。それで。 -なるほど。分かりました。 菅野さん はい。 -重みのある言葉を頂きありがとうございます。 菅野さん いえいえいえ。こんなんでいいんですかね? -こんなんで大丈夫です。今後も頑張って下さいませ。 菅野さん 精進します。 -ありがとうございます。 ■■■コンサート情報■■■ Capricinq Ensemble 【日時】7月27日(月) 18時30分 開演 (18時00分 開場) 【出演】Flute 菅野 力 Oboe 久保 一麻 Clarinet 野田 祐太郎 Horn 大河原 頌太 Fagott 森田 大翔 【曲目】 ☆W.A.モーツァルト//自動オルガンのためのアダージョとアレグロ K.594 ☆C.ドビュッシー//小組曲 ☆M.ラヴェル//クープランの墓 ☆F.メンデルスゾーン//弦楽四重奏曲 第1番 【場所】ミューザ川崎 市民交流室 [JR川崎駅より徒歩5分] 【料金】 ¥2,000 チケットのお問い合わせは、このメールアドレスはスパムボットから保護されています。閲覧するにはJavaScriptを有効にする必要があります。までお願い致します。 菅野力 フルートリサイタル 【日時】8月4日(火) 18:00開場 18:30開演 【場所】江崎ホール 【共演】山本詩織(ピアノ)、Capricinq Ensemble 【曲目】藤の蔓は天に絡まり...フルートとピアノの為に(山下久幸)、Suite Op.34(ヴィドール) ほか 【料金】 一般2,000円 大学生以下1,500円   【問合せ先】 菅野 TEL054-667-2670(18:30以降) 

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